「世界に幽霊が出る、『1937年』という幽霊である」
マルクスとエンゲルスによって書かれた「共産党宣言」の冒頭の有名な一文「欧州に幽霊が出る、共産主義という幽霊である」のパロディーであるこのフレーズは、米国連邦準備制度(FRB)が10月30日に量的緩和を終了したため「世界経済は再びリセッションに陥るのでは」という懸念を表したものである。
1929年の株式市場の大暴落を引き金に大恐慌に陥った米国経済は、8年後の1937年に再び悪化した。インフレを懸念するFRBが1936年後半から金融引き締め政策に転換したが、時期尚早だったために、米国をはじめとする世界経済は再びリセッション(景気後退)に逆戻りしたとされている。深刻なダメージを受けた世界経済は、第2次世界大戦という極めて大きな代償(6000万人超の命が奪われた)を払ってようやく回復した。
「現在は1937年に似ている」と指摘する代表的な論客の1人にイエール大学教授のロバート・シラー氏がいる。シラー氏によれば、現在は「ニューノーマル(新たな常態)」という言葉が「経済の長期停滞」を表すキーワードになっている。一方、1937年当時は「secular stagnation」(注)という造語が人々の絶望の表現として人口に膾炙していたという。
(注)「secular」は世代や世紀を意味するラテン語に由来する言葉。「stagnation」は沼地や湿地を意味し、毒性の強い危険を生み出す温床を暗示している。
将来に不安を感じる人々は、今後迎える困難な時期のために過剰な貯蓄に走りがちだ。これによりさらに投資は縮小し、景気をより一層悪化させる。この現象は「過少消費」と呼ばれ、失われた20年を経験した日本人にとって既知のことだが、この言葉が誕生したのも1937年頃の米国のようである。
経済活動が中核を成す近代市民社会では、人々の生活水準の向上なしには社会の安定が保てない。大恐慌時代の研究を皮切りに新自由主義経済学(金融政策重視)の「大御所」となったミルトン・フリーマン氏は、「経済成長の低迷が人々の間で不寛容を生じさせ、それが攻撃的なナショナリズムとなり、そして戦争を引き起こした」としている。