19世紀末にアイルランド人作家ブラム・ストーカーがキャラクターを創造して以来、150本とも200本とも言われる映画化作のある「吸血鬼ドラキュラ」ものの新作『ドラキュラZERO』(2014)が現在劇場公開となっている。

ドラキュラのイメージを覆す映画

ドラキュラZERO

 VFXを駆使した映像のスケール感が売りながら、「この映画が、ドラキュラのイメージを覆す」と宣伝されるこの作品は、オスマン帝国の圧力に苦しむ小国の君主が、国と家族を守るため、闇の世界と手を結び吸血鬼となって戦う「吸血鬼ドラキュラ」前日譚である。

 その主人公となる君主とは、欧州キリスト教世界の勢力維持に貢献した実在のワラキア公ヴラド3世。現在のルーマニア南部にあたる東欧の小国の15世紀の史実ともなれば、かなりの歴男歴女でなければなじみ薄いことだろう。

 とは言え、敵役たるメフメト2世は教科書にも登場する有名人。1453年のコンスタンチノープル陥落など、オスマン帝国の版図を急速に広げた「征服者」の異名を持つ第7代スルタンだから、複雑な東欧中東情勢を理解するうえで、押さえておいて損はない。

 1389年、ヴラドの祖父、ワラキア公ミルチャ1世(老公)は、セルビア王国発祥の地とも言われるコソボ平原での戦いで、セルビア・サイドにつき、オスマン帝国と戦った。

ヴラド3世のルーマニア製正統派伝記映画

 しかし、敗北。セルビア人はコソボの地を去ることになる。今にまで続く火種、コソボ問題の根源である。

 それから600年後の1989年。ルーマニア映画界の巨匠セルジウ・ニコラエスク監督は、自らミルチャ老公を演じつつ、その半生を描く歴史劇『ミルチャ』(日本未公開)を撮った。

 しかし、時のニコラエ・チャウシェスク政権は内容変更を要求。ニコラエスクは応じなかった。そして、年末に起きた革命にも積極的に参加、1992年には上院(元老院)議員になることになる。

 そんな映画にも登場するミルチャ1世の息子ヴラド2世は、劣勢続く欧州キリスト教世界で、ハンガリー王(のちの神聖ローマ皇帝)ジギスムントが設立した「ドラゴン騎士団」の一員に、1431年、叙任され、「ドラクル」と呼ばれるようになった。

 そして、その年生まれたヴラド3世は、「ドラクル」の息子という意味の「ドラクラ(ドラキュラ)」と呼ばれることになるのである(「ドラクル」には「龍」以外に「悪魔」の意味もある)。