筆者は自衛隊に愚直に勤務し、現役時代は従軍慰安婦などに関心を寄せる余裕はなかった。定年後の余暇を利用して、吉田清治の著書やクマラスワミ報告などを読むと、著述や言動には矛盾や不自然さが多すぎることに気づく。
「日本のクオリティ紙とみられてきた朝日新聞(以下朝日、ほか同)によって、慰安婦問題は「日本の名誉」、並びに軍人および慰安婦など「関係者の尊厳」を汚辱にまみれさせた。
8月5日、朝日が吉田証言の虚偽を認めて以降は、新聞や週刊誌は朝日攻撃に熱心である。しかし、自分たちはどう対応してきたかという反省はほんの一部の新聞を除いて見えてこない。ジャーナリズムの退廃と言っては言い過ぎであろうか。
事後法的な物言いで面映ゆいが、日本の国益とマスコミ界の健全な発展を願って、筆者の勤務に関連して回顧してみたい。
自衛官に着せられた汚辱
最大規模の人員と機材を提供する災害派遣などでも、新聞やテレビは「警察や消防等」と言って「自衛隊」を隠し、もちろん隊員の写真を映し出すこともほとんどなかった。
そうした状況が変わったのは東日本大震災において、陛下がビデオ・メッセージで「自衛隊、警察、消防、海上保安庁をはじめとする国や・・・」と自衛隊を筆頭に挙げられてからのことである。
管理面においても、同一敷地内にある大蔵省と防衛庁(共に当時)の官舎を比べると、防衛庁官舎は狭く貧弱であったし、予算査定時期になると、他の省庁ではあり得ないような庁舎のコンクリート床に毛布を敷いて寝泊まりした。
一般の公務員や会社員などには理解されない自衛隊特有の旅費体系で、出張においても旅費や日当などの現金は一切支給されない。「運搬費」という形で目的地までの切符が渡される。給食・宿泊は部隊で行い、諸々の経費には自分の給料から出す仕儀となる。
また業務用でありながら自前で訓練用品や筆記具などを準備することもしばしばであった。自衛隊の場合、戦車、艦船、戦闘機などの兵器・装備が優先で、処遇には「武士は食わねど高楊枝」の心境で耐えてきたという思いが強い。
こうした隊員の生活や訓練に密着した現実直視の報道に関心が高かったのは産経新聞で、他紙はそれほどでもなかったようである。