モナコ公妃グレース・ケリーをニコール・キッドマンが演じる『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』(2013)が現在劇場公開中である。

あまり語られてこなかった出来事の描写に興味をそそられる

モナコ中心部の夜景

 現モナコ大公アルベール2世から「史実と異なる」との指摘を受けた「史実に基づくフィクション」(映画の冒頭そのようにことわっている)ではあるが、アルフレッド・ヒッチコック監督お気に入りの「クール・ビューティ」たる彼女の映画界復帰話や、1962年の「モナコ危機」など、あまり語られることのない出来事の描写が興味をそそる。

 オリンピック・ボート競技で3つの金メダルを獲得したアスリートにして、建設会社経営の億万長者でもある父のもと、1929年11月、フィラデルフィアで生まれたグレースは、世界恐慌へと向かう世にあっても、不自由なく幼少期を過ごした。

グレース・ケリーがアカデミー主演女優賞をとった「喝采」

 やがて、モデル、テレビドラマ、ブロードウェイなどを経て、ハリウッドデビュー。

 『真昼の決闘』(1952)でゲイリー・クーパーの妻役を演じ、続く『モガンボ』(1953)ではクラーク・ゲーブルの相手役を務めアカデミー助演女優賞候補、『喝采』(1954)では主演女優賞を獲得するという順風満帆ぶりだった。

 『ダイヤルMを廻せ!』(1954)『裏窓』(1954)『泥棒成金』(1955)。ヒッチコック作品なくして彼女を語ることはできない。なかでも南仏を舞台とした『泥棒成金』は、その運命を暗示するような映画だった。

 撮影翌年、カンヌ映画祭の際モナコを訪れたことに始まり懇意となったレーニエ大公と1956年結婚。そんな「おとぎ話が現実となった」と言われるエピソードに、やがて南仏に住むことになることを示唆するラストシーンが重なる。

 そして、1982年、悲劇の最期を迎える交通事故にも、坂道を猛スピードで走り抜けるシークエンスがオーバーラップするのである。

 グレースが映画界を去ってからも、ヒッチコック映画の主役は、キム・ノヴァク(『めまい』(1958))、エヴァ・マリー・セイント(『北北西に進路を取れ』(1959))、ジャネット・リー(『サイコ』(1960))、ティッピ・ヘドレン(『鳥』(1963))と、グレース同様「ヒッチコック・ブロンド」と呼ばれる金髪女性が務め上げていた。

 そして、ウィンストン・グレアムの「マーニー」の映画化が決まった時、ヒッチコックのファーストチョイスはグレースの銀幕復帰だった。オファーされたグレースも乗り気だったというが、結局は御破算。

 ヘドレン主演で撮られ、評価が割れた『マーニー』(1964)を見るにつけ、決して悪くはないのだが、「これがグレースだったら」と、つい想像してしまう。