「理性でロシアは分からない。ロシア人の気質は極めて特殊であり、普通の尺度では測れない。だから信じるしかない」と、19世紀にロシアの詩人が訴えていた。昔はどうだったか分からないが、今の日本においてその言葉はとても通用しそうにない。

 ネットで検索すると、「ロシアを信じる気にはなれない」「ロシアを信じるのは、ちょっとね・・・」「ロシアを信じるなんて阿呆だな」といった言葉が次から次へと出てくる。もっとひどいのになると、「ロシアを信じる奴は真性のバカか、売国奴だ。 外務省はそんな人間の集まりだ。 国民を舐めるな!」なんて言葉も見受けられる。

 2006年11月、プーチン政権を批判していたロシアの元情報局員、アレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドンの病院で何者かによって毒殺された。この事件でもロシアのイメージは大きくダウンしたが、2008年8月に勃発したグルジアとの戦争は、ロシアの評判を決定的に下落させた。ロシアの評判は、今や最低と言っていいかもしれない。

 本当にロシアは信じてはいけない国なのか。それを確かめるために、あの詩人が言っていることとは逆のアプローチをしてみよう。つまり、ロシアを「理性」で理解してみるのだ。

一転してアブハジアと南オセチアの独立を承認

 グルジアは、日本人にとってなじみのない国だと思う。1991年にソビエト連邦が解体されるまでは、連邦を構成する共和国の1つだった。ソ連が解体された時、全部で15の共和国が独立した。グルジアもその中の1つだった。

 その時、大昔から自分の領土に住みついていたアブハジアと南オセチアの少数民族は、ナショナリズムが沸騰してきたグルジアに合併されることを嫌い、自分たちも独立を宣言した。しかしロシアは、アブハジアと南オセチアがグルジアから独立することを認めなかった。当時、ロシアはチェチェンの離脱問題に悩まされており、「領土の一体性」という原則にこだわったからである。

 それが一転して、ロシアは南オセチアとアブハジアの独立を承認することになったのである。今になって、どうして認めたのか。その理由を整理してみよう。

迫りくるNATO拡大の脅威

 (1)まず、領土の一体性の原則が成り立たないコソボの前例があった。2008年2月、主権国家であるセルビア共和国の一部だったコソボ自治州が独立を宣言。米国などの47カ国がその独立を認めた。当初はコソボの独立に猛烈に反対していたロシアだが、内心は「自分たちも領土一体の原則を守り通す必要はない」と考えるようになった。

 (2)次に、ロシア首脳とグルジア首脳との関係が悪化していたことである。2004年に就任したサアカシュヴィリ大統領は米国と接近して、NATO(北大西洋条約機構:米国、欧州各国による軍事同盟)に加盟しようとした。猛烈に反ロシア的な路線を選んだのである。そのためロシアはグルジアと妥協することが不可能になってきた。

 (3)さらに、NATOの拡大に対するロシアの危機感があった。「背水の陣」と言ってもよい。

 2000年以降、猛烈に反ロシア的なバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)や、旧ソ連圏の東欧の国々が次から次へとNATOに加盟し、ロシアの周りにだんだんと包囲網ができつつあった。米国も以前の紳士的な約束を破ってポーランドとチェコにミサイルとレーダーの基地を作り始めた。これに対してロシアが反発。米国のライス国務長官は「ロシアのパラノイア」と皮肉っているが、NATOに対するロシアの警戒は、根拠がないとは言えない。