今年のノーベル文学賞受賞者は、パトリック・モディアノに決まった。受賞理由は「とらえがたい人間の運命を想起し、占領下の生活を明らかにする記憶の芸術」。

約40年前、既に注目すべき存在だったパトリック・モディアノ

ルシアンの青春

 1945年7月30日、「戦後」のフランスに生まれたモディアノだが、30を超える言語に翻訳されているその作品の多くが描くのは、ナチスドイツ占領下のフランス人の生活。名監督と共同でシナリオを書いた2本の映画もそんな作品である。

 『死刑台のエレベーター』(1958)などで知られるヌーヴェルヴァーグの旗手ルイ・マル監督の『ルシアンの青春』(1974)の主人公は、レジスタンス運動に加わろうとして拒絶され、ゲシュタポの手先となる青年。

 ジャンゴ・ラインハルトの物哀しいギターの調べが印象的なこの一篇で、英国アカデミー賞(BAFTA Awards)脚本賞にもノミネートされた。

 1975年の日本公開時のパンフレットを見れば、「現代フランス文壇の第一線で活躍するパトリック・モディアノ」と、当時既に注目すべき存在として記されていたことが分かる。

アルディのおとぎ話

 一方、寡作の名匠ジャン・ポール・ラプノー監督とシナリオを書いた『ボン・ヴォヤージュ』(2003)は、対照的に、イザベル・アジャーニやジェラール・ドパルデューといった芸達者たちが戦時下のフランスで繰り広げる活力的かつ洒脱な人間劇である。

 原作の映画化ということになれば、パトリス・ルコント監督の『イヴォンヌの香り』(1994)が挙げられる。アルジェリア戦争の頃の帰らざる官能の日々を主人公が顧みる姿に「記憶の芸術」の断片を見ることができる。

 こうして、少なからず映画との関係があるモディアノだが、実は、その母親は、ジャン・リュック・ゴダール監督の『はなればなれに』(1964)で準主役を演じるなど活躍を見せていたルイザ・コルペンと名乗る女優なのである。

 ポピュラー音楽の作詞も手がけていたモディアノは、日本でも人気者だったフランソワーズ・アルディのアルバム「Soleil(アルディのおとぎ話)」に収められた「幻のサン・サルバドール」でも、不明確な記憶を語らせている。

 そのメロディは戦争孤児を描く名作映画『禁じられた遊び』(1952)の有名なテーマ曲「愛のロマンス」だった。