4月2日、製薬会社のノバルティス社は『「慢性骨髄性白血病治療薬の医師主導臨床研究であるSIGN研究に関する社外調査委員会」のご報告を受けて』と題して一通の調査報告書を公開した。

 この報告書は今年1月から報じられている、東京大学医学部附属病院(以下「東大病院」)血液内科と同病院に事務局を置く研究会組織 Tokyo CML Conference(以下「TCC」)が主導して行った、白血病治療薬タシグナに関する医師主導の中立的臨床研究「SIGN研究」に、当該薬の製造元であるノバルティス社が不正に関与していた問題につき、同社が独自に立ち上げた社外調査委員会が作成したものだ。

 報告書は96ページにわたる大部であるが、一般的に問題となるであろう法令や問題点を列挙した上でSIGN研究の事案に適用し判断しているため、すべての製薬会社とMR(医薬情報担当者)が病院や臨床研究に関わる上で参考になる内容となっている。

 今回(前編)は、この調査報告書の注目点や新たに浮上した問題を解説する。

 後編では、この調査報告書と先行する3月14日になされた東大病院の中間報告との比較、社外調査委員会や調査報告書自体の検討、4月3日に行われたノバルティス社の記者会見、を取り上げていく。

調査報告書の概観

 報告書は11章からなり、各章題は以下のとおりである。

「第1章 調査の端緒とスコープ」
「第2章 当委員会が発見した問題となりうる行為」
「第3章 データ改ざんの有無」
「第4章 NPKKが守るべきルール」
「第5章 ルール違反の有無と程度」
「第6章 上司・役員の認識と責任」
「第7章 資金的繋がり」
「第8章 問題行為を発生させた背景」
「第9章 問題行為を防止するための内部統制システム」
「第10章 再発防止策に関する当委員会の提言」
「第11章 委員会の構成と調査の方法・限界」

 先に第2章で問題行為をピックアップした上で、第4章でNPKKことノバルティス社が守るべき法令等を含む各種ルールを洗い出し、次章以降でそのルールへの違反と責任・背景へと話を進めている。

 この記事では重複・省略する部分もあるが、章順に解説を行う。

SIGN研究における経緯と問題行為

 まず注目したいのはSIGN研究立案の契機である。報告書では「ノバルティス社では、タシグナのシェア獲得で苦戦している東京エリアで臨床研究を実施し、タシグナの販売促進につなげたいという思惑があった。(中略)少しでも慢性骨髄性白血病(以下「CML」)患者がライバル社の薬を投与する臨床研究に登録されることを防ぎたいという思惑である」(略語につき筆者修正、以降同様)とSIGN研究という医師主導臨床研究が、当初から製薬会社のMRの販促目的で立案された側面があることが書かれている。

 そして報告書によると、研究の手順であるプロトコールの作成検討会は、東大病院血液内科のA医師(報告書では「医師B」と記載されているが、報告書内の「医師A」を「黒川教授」と記載する都合上、この記事ではA医師とする)参加の下で、ノバルティス社東京営業所の会議室で開催された、さらに作成されたプロトコールはノバルティス社主催のイベントの合間に発表された、とのことである。

 つまり「利益相反がない」とされている医師主導臨床研究のプロトコールが当該薬の製薬会社の会議室で作られ、製薬会社のイベントで発表されていたのである。