戦争と戦後の困窮を乗り越え、ベトナムは今、経済成長の時代を謳歌している。各種産業が発展し、個人所得が伸び、多くの国民も成長の恩恵を享受しているかのように見える。
だが、この国は「憂鬱」も抱えている。その一例が、ストリートチルドレンと人身売買の問題だ。
ベトナムでは今も、医療や教育、貧困対策など社会福祉制度は十分に整備されているとは言い難い。そんな中、この国にはストリートチルドレンが存在するうえに人身売買事件が後を絶たないのだ。
豊かな時代を迎えたはずのベトナムで、何が起きているのだろうか。ストリートチルドレンと人身売買の動きを追ってみたい。
急速な経済発展の陰に潜むベトナムのストリートチルドレン
「知らないの? ハノイにはストリートチルドレンがたくさんいるよ」
ある日のこと、私の無知にいらだったように、20代後半のベトナム人女性がこう言い放った。彼女と路上のカフェでコーヒーを飲んでいたとき、小学校低学年くらいの男の子が物売りにやって来たことがきっかけだった。
男の子は身なりから表情まで、ほかの子供と変わらないように見えたものの、実際には学校へ行かずに、路上で物を売るなどしており、いわゆるストリートチルドレンらしい。
ハノイはベトナムの首都であり政治の中心地であるため、街中では公安(警察)の職員をよく見かける。
警察の管理が厳しいことから治安は悪くないとされるほか、アジア諸国で見かけることの少なくない物乞いの人やストリートチルドレンに出会うことがあまりない。なによりも高い経済成長のために、人々は日々豊かになっている。
そんな印象を持っていたことから、私はあの男の子を見かけた際、正直なところ、少し戸惑ってしまった。
ベトナムは貧困問題を今も抱えているため、ストリートチルドレンがいないとは考えていなかった。ただ、警察の管理の厳しいハノイでは路上生活者は取り締まられているだろうから、ホーチミンといったほかの都市に比べ、その数はごく限られてるのではないかと漠然と思っていたのだ。
しかし、実際には多くのストリートチルドレンがハノイにもいるのだという。
彼女は私の戸惑う様子を見て、「外国人はいい気なものだ。なにも分かっていない」とでも思ったのだろう。
そして、不機嫌そうな表情で、冒頭の発言をしたのだった。ハノイの人々はストリートチルドレンの存在をよく知っており、前述の男の子はそう特別な存在ではないという認識らしい。