数日前のお昼どき、おなじみのお客さんがカウンターの席に腰かけるなり、

 「今日はいいことがあったの」

 と、とても嬉しそう。熱海市街が一望できる高台の自宅で定年退職されたご主人と2人暮らし、悠々自適の日々を送る彼女にとってのいいことってなんだろう?

 揚げ物をしながら考えるものの、ぱっと思い浮かばない。

お客さん同士の会話で和やかになる店内。でも・・・

 「今年初めてホトトギスの声を聴いたのよ」

 ホ、ホトトギス? 意表を突く展開に私がどう返そうかともごもごしていると、後ろのテーブルでコーヒーを飲んでいたお客さんが、

 「あ、ぼくも聞きましたよ! 今朝が初めてでしたねぇ」

熱海市街はホテルや店舗、住宅が密集しているが、周囲に目を向けると深い緑にぐるりと囲まれている。野鳥の姿を見かけることも多い(写真提供:著者、以下同)

 と合いの手。2人の話につられるように、居合わせたお客さんも自然に会話に参加、ホトトギス談義でお店は和やかな雰囲気に。

 こんなふうに別々にやって来たお客さん同士がいい雰囲気でおしゃべりしている日もあれば、

 「最近、この店に来ても、あなたが忙しそうでおしゃべりもできない」

 と、いつも独りでやって来るおばあちゃんが怒りだしたこともある。

 「私がいつものんびりおしゃべりのお相手ができるようじゃ、お店がつぶれちゃうから」

 となだめたものの、納得できないと言わんばかり。

 彼女のようにはっきり口に出さないまでも、私がゆっくりお相手できないと不機嫌そうに帰っていくおじいちゃん。少し手を止めてお相手したほうがよかったかなと思う日もあれば、立て込んでいるときくらいは勘弁してください・・・とため息が出てしまう日も。

 お年寄りの話し相手・・・今はまだまだお客さんのニーズに応えきれないのが実情だけれど、いつ来ても食卓を囲む家族のような雰囲気を味わえるお店にしていきたい、と思っている。