今はすでに廃刊になった集英社の「月刊プレイボーイ」誌には、毎月、時代のキーパーソンになる人物のインタビューが載っていました。1983年7月号に登場したのは田中角栄です。

 選挙上手としても知られていた田中が選挙に勝つコツを聞かれると、統計と水系を見ると言っていたのに、大学生だった私は衝撃を受けた記憶があります。

 統計の理解が選挙を勝ち抜くのに必要なのは分かりますが、水系を見るのはなぜだろう? 「利根川など同じ川筋にある地域の住民気質は同じだから、選挙は川で見るんだ」と、確かそんなことが書いてありました。

 日本は山国ですから、住民の交流は必然的に河川に沿った方向に広がります。外国では、川に浮かぶ船が今も重要な交通手段になっているところが少なくありません。文化圏は川筋に拡大する。それを選挙に応用するとは、はやり田中角栄という人は目のつけ所が違います。

どんな教育を受けてきたかで人は対処の方法が変わる

 <過去に目をそそぐことによって、将来を推しはかることができるのは、一国民が長い間にわたって同一の習俗を保持するものであるからである。つまり、これまで一貫して吝嗇(けち)な性分や、あるいは詐欺まがいの性格を持つか、さもなければ正邪いずれかの傾向を持ち続けてきた国民は、将来においてもずっとその性格を捨てきれないであろう。>

(『ディスコルシ 「ローマ史」論』、ニッコロ・マキァヴェッリ著、永井三明訳、ちくま学芸文庫)

 

 マキァヴェッリは、軍事に関わることくらいしか、川には関心を持ちませんでした。ただ、地域の気質の違いには田中角栄と同様に注目していました。なぜかというと、人間は何か問題が持ち上がると誰もが同様の解決法を取ろうとするのですが、そのやり方が地域によって違うからでした。

 同じ問題に対処するにしても、伝統的にやり方が上手な地域もあれば、下手な地域もある。その違いはどこにあるのかに関心を持ったわけです。

 マキァヴエッリの答えは「教育」でした。教育には地域性と社会性があります。農耕に適した豊かな地域と、砂漠のような水や食糧確保に困難を極める地域では、住民の気質も違います。資本主義と社会主義といった国家体制の違いは言わずもがなです。

 すなわち、どんな教育を受けてきたかによって、人は対処の方法が変わると言うのです。