「21世紀は人口爆発の時代であり、食料生産が人口増加に追いつかなくなる可能性がある。いつまでも安定的に食料を輸入できるとは限らない。輸入したくともできなくなる」

 多くの日本人はこのように考えている。それが食料自給率を向上させなければならないとする根拠になっている。そしてTPPをめぐる議論でも、通奏低音として大きな役割を果たした。食料安保はTPPに反対する人々の大きな旗印であった。

 筆者は3年ほど前に『「食糧危機」をあおってはいけない』と題する本を書き、食料危機説がいかに荒唐無稽であるかを説いた。しかし、その浸透はいまひとつのようだ。農水省が長年宣伝を繰り返した結果、多くの国民が信じ込んでしまったことを覆すのは容易ではない。

好景気に沸くバングラデシュ、雇用機会も給料も増えている

 今回は実例を語ることから、食糧危機説がいかに見当違いかを示そうと思う。

 実例とはバングラデシュだ。バングラデシュはアジアの最貧国でありながら、1億5000万人もの人口を抱え、かつその国土面積は日本の約4割に過ぎない。狭い国土に多くの人が住み、食糧危機が最も懸念される国の1つである。

 FAO(国連食料農業機関)は世界に10億人の「栄養不足人口」が存在し、その半数が南アジアにいるとしている。バングラデシュにも多くの栄養不足人口がいることになっている。栄養不足人口は、わが国では「飢餓人口」と訳されることもある。

 そんなバングラデシュを訪問するチャンスに恵まれた。1週間ほどの日程だったが、首都ダッカの他にチッタゴン、シレット、クルナなどの地方都市とその周辺の農村を回ることができた。

 印象的だったのは、都市も農村も好景気に沸いていることである。人々が忙しそうに動き回っている。物価の高騰を嘆く声も聞かれたが、それ以上に雇用機会の増加や給料の上昇を喜んでいるようだ。

 バングラデシュを活気づけている原因の1つに中国の人件費高騰がある。高騰を嫌った外資系企業が中国からベトナムなどに工場を移しており、バングラデシュもその有力な移転先になっている。バングラデシュの人件費は中国の半分以下であり、既に日本からもユニクロなどが進出している。