はじめに
ソ連は冷戦時代、米国との軍拡競争で量的な拡大に力を注いだ。ロシアが現在保有する核兵器は当時のものである。しかし、ウラジーミル・プーチン前大統領(現首相)は「質」で勝負する方向へ転換した。
目次
- 0. はじめに
- 1. 近年急増しているロシアの軍事費
- 2. 戦略核戦力の近代化
- 3. 組織改革と改編
- 4. 新軍事ドクトリン
- 5.人的戦力不足対策
- 6.装備の近代化
- 7.予算確保と軍需産業の能力不足対策
- 8.東部軍管区の軍事力配備
- 9.米露軍備管理交渉の経緯と今後
- 10.戦略防衛システムを巡る米ロの対立
- 11.日米への影響
プーチン政権が重視してきた軍事力の近代化は、戦略核兵器の近代化と指揮・通信・統制・コンピューター・情報・監視・偵察システム(C4ISR)の改善である。
いずれも、米国の高精度の先制戦略核攻撃から、戦略核兵器とその指揮統制システムを残存させ、MD(ミサイル防衛)網を突破して核報復を可能にするために、最も重要な機能である。
核戦力の対米均衡を維持することを主眼として、これらの開発配備が急がれているのであろう。
1 近年急増しているロシアの軍事費
ロシアの軍事費は、原油などの資源高により国庫収入が潤ったおかげで、毎年2割から3割の伸び率で急増している。一時リーマン・ショック以降落ち込みが見られたが、軍事費は経済全般よりは増加傾向にある。
ロシアの軍事費は公表額に、年金、準軍隊の関連経費、武器輸出代金などが含まれていない。印象的なのはその近年の伸び率である。
2005年のロシアの公表軍事費は187億ドルと韓国並みだが、その他の経費を加算すれば258億ドル、購買力平価に換算すれば591億ドルに達すると見積もられた。
2007年当時には、オイルマネーの流入で、ロシアのGDPは1兆ドルを突破したが、米国との経済力の格差は依然として大きかった。2007年度のロシアの国防予算は311億ドルだったが、米国は5000億ドルであり、ロシアとしては新型戦略核ミサイルなど少数精鋭の武器に力を入れるしかなかった。
しかしロシアは2008年以降、プーチン首相、ドミトリー・メドベージェフ大統領の双頭体制の下で、力と安定と秩序を回復しつつある。経済面でも軍事面でも重点とされている施策は、ソ連時代に後れを取っていた、経済と軍事のイノベーション、特にIT化の促進である。
特に軍事面では装備の近代化が急がれており、2020年を目標に大規模な軍改革が現在推進されている。
ロシアの経済規模は2010年現在、1兆4240億ドルと我が国の4兆4200億ドルの約32%に相当する。しかし今後ロシア経済は2025年頃までは年率3~4%程度の安定成長を維持するとみられ、2020年頃には2兆2720億ドルと我が国(4兆9780億ドル)の約46%に、2025年頃には2兆7280億ドルと我が国(5兆2600億ドル)の約52%に達する。
ロシアの軍事費の公表額は、2009年度が1兆2110億ルーブル(383億ドル)、対国内総生産(GDP)比率3.1%である。しかし公表軍事費に含まれない関連予算を含めると、2009年度で約1兆8090億ルーブル(約572億ドル)、GDPの4.63%に上る。
この額は中国の公表額498.4億ドルを上回る世界第2位の額となる。さらに購買力平価で換算すれば、国際通貨基金(IMF)によると、2009年のロシアのGDPは2兆1160億ドルとなり、その場合の軍事予算額は979億ドルになる。
このようにロシアの軍事費は、資源高に支えられた経済規模の拡大以上の速度で急成長を遂げていると言えよう。
またその実質的な軍事予算は公表額の1.5倍程度あると見積もられている。同様に、国際標準で見積もれば公表額の2倍から3倍の軍事費を使っているとみられる中国に次いで、世界第3位の軍事費を毎年投じ、その額は毎年1割から2割増しの勢いで急増している。