種子島に行ってきた。今年に入ってなんと5回目。昨年から仕事で訪れるようになり、通算で訪問回数は10回を超えるだろうか。訪れるたびに新たな発見があり、何度行ってもまた行きたくなる場所だ。

 種子島は前に安納いもの回でも紹介したが、農業が盛んな島である。種子島で収穫される作物の「旬」は、私がそれまでイメージしていた旬の時期に比べるとだいぶ早い。例えば、お正月頃にはソラマメが収穫でき、4月を待たずに新茶の季節となる。じゃがいも、かぼちゃは春のもの。7月には新米が穫れるのである。裏作も盛んな畑は行くたびに表情を変え、次は何が植えられているのかと私をワクワクさせてくれる。

かつては300も、種子島の砂糖小屋

 最初に島を訪れた時に一番感動したのは、実はさとうきび畑だった。さとうきびと言うと、沖縄のイメージが強いが、種子島でも盛んに栽培が行われている。

採れたばかりのさとうきびを圧縮機に

 森山良子さんが歌った「さとうきび畑」という曲がある。道路の両脇に延々と続くさとうきび畑を見て、この曲の歌詞に出てくる「ざわわ」を実感した。空に向かって真直ぐ伸びたさとうきびは力強い生命力を感じさせ、風によってたなびく様はまさに「ざわわ」だった。

 今回の訪問でさとうきび畑を見て、今年も黒糖作りの季節が近いことを感じた。さとうきびは夏から秋にかけて太陽の光を浴びてぐんぐん伸びる。それが、寒くなると成長を止め、糖分をため込むようになる。さとうきびの糖度がぐっと増した冬こそ、黒糖作りの最盛期なのだ。

 現在、登り窯を用いた伝統的な製法で黒糖を作る砂糖小屋(砂糖工場)は、種子島に2つしかない。かつては全島で300近い砂糖小屋(砂糖工場)があり、黒糖が盛んに作られていた。だが時代の流れとともに、昔ながらの製法はだんだんと廃れていった。

湯気が立ち込める工場の中

 一時期は島内で唯一という存在になりながらも、黒糖を作り続けてきた砂糖小屋がある。「沖ヶ浜田」地区の4世帯の農家が協同で作業を行う31号組合の砂糖小屋だ。

 頑なに伝統の製法を守っている31号組合は、頭領の持田さんをはじめ、みんな60年以上もさとうきび農家を続けてきた人ばかりだ。春から秋に丹精込めてさとうきびを育て、燃料となる薪を作って冬を待つ。黒糖作りは奥さんや後継者の息子さんたちが総出で行う。まさに家族ぐるみの協同作業である。

登り窯による手づくりの黒糖

 今年の2月、黒糖作り真っ最中の砂糖工場を訪れた。31号組合の砂糖小屋は沖ヶ浜田の海岸近くにある。小屋の外では奥さんたちが、畑から採れたばかりのさとうきびを圧搾機に入れ搾る作業をしていた。そこで絞った汁がホースを伝って小屋の中に流れる仕組みになっている。

 甘い香りの白い煙が立ち込めている小屋の中に入ってみると・・・、そこは湯気と熱気がただよい、ずっと昔にタイムスリップしたような光景が目に飛び込んできた。