中国政府の公式説明によれば、「中華民族」とは中国56民族の総称であり、「中華文化」は全中国人民を結ぶ精神的紐帯(ちゅうたい)なのだそうだ。しかし、こうした説明は、歴史的にも、文化的にもかなり無理があると思っている。今回はこの「中華民族」なる奇妙な概念の歴史的変遷をご説明したい。
「アメリカ民族」は存在しない
一般に、民族とは言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団を意味するが、この地球上には実に様々な民族が存在する。そうであれば、「中華民族」なるものを他の民族や人的集団と比較してみるのが一番分かりやすい。
例えば、アラブ民族の場合、人種的にはセム系アラブ、ニグロイド系など多様であり、中には青い目の金髪までいる。文化的にも決して一様ではない。「アラブ」をあえて定義すれば、「アラビア語を母国語とし、アラブの歴史を自らの歴史と信ずる人々の集団」としか言えない。
「えっ、アラブ人は皆イスラム教徒じゃなかったの?」と言われそうだが、アラブにはムスリムだけでなく、キリスト教徒、ユダヤ教徒も大勢いる。少なくとも1つの宗教の信者であることが「アラブ人」の条件とはならない。
宗教と言えば、世界には中国の全人口に匹敵する約13億人ものイスラム教徒がいるが、その言語、人種、文化、歴史観は大きく異なっており、彼らが「イスラム民族」と呼ばれることはない。
同様に、移民の国アメリカ合衆国も、宗教ではなく、合衆国憲法という一種のイデオロギー的価値を共有する人々の集団と言えるだろうが、我々は彼らを「アメリカ民族」とは呼ばない。