数年前に「中国脅威論」が一世を風靡した頃、日本では「中華思想」を「信奉」する中国政府、中国人を糾弾する書籍が巷にあふれていた。13億人の人口を抱える不透明な巨大国家の真の意図は何なのか。その驚くべき尊大さ、身勝手さ、狡猾さの理由を解く鍵は本当に「中華思想」にあるのだろうか。

 今回は、中国近代史を駆け足で振り返りながら、この分かったようで分からない、摩訶不思議な「中華思想」なるものについて考えてみたい。

「中華思想」を知らない一般中国人

建国60周年に向け女性民兵が行軍の予行演習、中国

中国人に中華思想の意識はない? 写真は10月1日の国慶節に行われる建国60周年を記念する軍事パレードの予行演習をする女性民兵〔AFPBB News

 2000年夏、北京赴任前に筆者が購入した書籍の1つが、この種の「中華思想」モノだった。

 同書は、現代中国の大国意識や民族主義、周辺諸国に対する蔑視感の根底には、儒礼を守る文化的な「中華」と周辺の野蛮な「夷狄(いてき)」という伝統的国際秩序の発想があると頭から決めつけていた。

 一見もっともらしいこの仮説には、ユダヤやフリーメーソンの「陰謀説」のような悪魔的魅力がある。

 だが、実際に北京で親しくなった中国人に聞いてみると、意外にも「中華思想? それは一体何ですか?」と逆に問われてしまった。日本人が当たり前のように使う「中華思想」も、中国ではあまり一般的ではない。

 「そんなはずは!」と思い徹底的に調べたが、日本留学経験のある中国人たちの多くが、この点を異口同音に認めていた。最近の中国語のブログもいくつか覗いてみた。中国では「中華思想」のことなど教科書にはないし、学術的にもこれを研究・考証する専門家はいないという。

中華思想は中国の専売特許ではない

ムハンマド風刺画問題の検証本から図版削除、エール大の決定が物議

アラブ人も中国人以上? 写真は2005年にデンマーク紙に掲載されて大問題になったムハンマド風刺画に抗議する人たち〔AFPBB News

 しかし、考えてみれば、中国人に「お前は中華思想の持ち主か」と問うのは、欧米白人に「お前は白人至上主義者か」と問うのと同じくらい意味のないことだ。

 地球上のすべての民族・人間集団は、大なり小なりエスノセントリック(自民族中心主義的)だからである。

 「ジコチュウ」という点なら、アラブ人も中国人に負けてはいない。カイロ、バグダッド、北京に合計8年間住んだ個人的体験から申し上げれば、両者のメンタリティーは驚くほど似通っていると思うからだ。典型的な5つの共通点を挙げてみよう。