長期に旅に出る理由は旅人それぞれにあるものだが、共通していることが1つある。それは、多かれ少なかれ「死」というものを認識しているという点である。

 特に海外を女一人で旅をしている者の中には、自堕落的奇態とも思えるような無謀な女性に出くわすこともある。

 「知り合いの男だと、いつまでも経緯がついてまわるから」と、わざわざトルコまで来て現地の色事師に処女を捧げた短大生は、その後3カ月、お月様が昇らない焦燥感にさいなまれている。しかし、彼女は、自分自身の将来を見据えているから、救いの余地がある。

 世界一治安が悪い、4人に1人がHIVに感染している南アフリカ・ケープタウンのクラブに入り浸り、黒人ジゴロとの情交を貪る四十路の女や、全身総入れ墨でB型肝炎にかかったタイのビーチボーイに情炎を燃やす高校の女教師など、首を傾げたくなるような無謀な日本の女は案外多くいるものである。

 こうした女性の情動を駆り立てるのは、現地男性の手練手管や肉体といった心的、身体的魅力だけとは限らない。彼女ら自身が現世(うつしよ)がほとほと嫌になり、自ら濁世に身を落としたい、という「罪障消滅」(往生の妨げとなる悪い行為を消すこと)の意思の表れではないか、と私は推測するのだ。

 だが、もし、自殺すれば残された両親は嘆き悲しむ。だから、女は「他力による自殺」を成就させようと、わざわざ危険地帯に足を踏み入れ、事故に遭遇したり、犯罪に巻き込まれることを期待しているのではないか。

結婚式をドタキャンされた女

 観光ビザが切れる前日にテヘランから国際バスでトルコに移動するため、ターミナルで出発時間を待っていると、何となく妙な感じのする女が目に入った。スカーフを巻いたアジア女性がベンチに座り、無表情で遠くを見つめ、ひとり紫煙を燻らせている。

アジアと欧州を隔てるボスポラス海峡

 彼女はユンといい、32歳。韓国を出てインドから中東に入り、これからアフリカに向かうという。ユンは以前、韓国政府系の機械製造会社に勤めていた。6年間つき合った彼氏と半年前に婚約をして会社を辞めたが、結婚式が3カ月後に迫った土壇場で男に捨てられた。原因は彼氏に別の女がいたというのだ。

 ユンは3カ月ほど毎日、泣き暮らし、自殺も考えたが、いつまでも嘆き悲しんでも仕方がないと旅に出た。親には「2週間インドに行ってくる」と言い残し、すでに6カ月が経過しているが、あと半年は旅を続けるらしい。

 彼女は「私が、もう結婚できないんじゃないかって母親がいつも心配してるの」と言うと、右の手のひらを広げた。「産まれた時に私の手の形がいびつだからって親指を手術で切断したの。産まれる前に母親が風邪薬を飲んだのが原因だって言うんだけど、でも、産まれたばかりの時から指がないから、喪失感は全然ないし、それで困ったこともない。けれど、母親は今でも私の親指のことで心を痛めているみたい」と、くわえた煙草に火を灯した。