イスラム文化圏の人間は、快楽を自己抑制する技術に長けているのだろうか。
ポルノ画像はおろか、水着のイラストや写真集も厳しく規制され、ましてや麗しき女性が殿方を誘惑する置屋やバーといったものは町中で見かけることは、まずない。
また、イスラム教の規律が厳格な国では往々にして、肌の露出だけでなく、頭髪もベールやスカーフで隠さなければならない。
イランは知る人ぞ知る、美女の住まう桃源郷だ。特にテヘランはハリウッド女優級がそこかしこにいるくらい、美人偏差値は世界屈指の高さである。だが、それにもかかわらず、残念ながらペルシャ美女はその魅力的な容貌を布で隠している。「誘惑は罪」という宗教的概念が根底に存在するからだそうだ。
酒を愛し、女を愛する男にとって、イランは実に不便で制約の多い国である。半ばアルコール依存症の私はヨルダンで購入したウイスキー2本を出国の際、バックパックに忍ばせていた。シリアのダマスカス国際空港からイランに向かうため、搭乗手続きをしていると、荷物チェックの軍服を着た空港職員の男が呟いた。
「止めはしないが、テヘランの空港の入国審査でこの2つの琥珀色の瓶が見つかったら、少なくともお前は、死刑執行が最も盛んなテヘラン・エビン刑務所に直行だな。おめでとう」
こう言って薄ら笑いを浮かべたので、あわてた私は封を開けていない「ジョニーウォーカー 赤ラベル」と「J&B」を断腸の思いで荷物検査台に置き、出国ゲートへと向かった。5時間後、イランのエマーム・ホメイニー国際空港に到着すると、イランの公安が到着便の乗客に対して厳重な荷物検査を行っていた。
「ズアパン、グッド」と叫ぶ男
「イスファハーンは世界の半分」という言葉があるほど、イスファハーンはかつて大いに繁栄した街である。そのブルーのモスクは、人類が建造した建築物の中で最も美しいものの1つだろう。優雅、崇高、流麗、精緻、あらゆる要素が見事に調和している。
イランにはイスファハーン以外にも、ペルセポリスや、世界最古の宗教ゾロアスター教の聖地チャクチャクや、カスピ海、ペルシャ湾など見所も多い。
しかし、首都であるテヘランは何の変哲もない街である。時間をもて余した私は、テヘラン市街を一望できる2700メートルの山の麓から、世界最長のロープウエイが出ているというので、そこに向かった。
尾根の入り口であるタシュリーシュ広場行きの停留所でバスを待っていると、アジア人が珍しいのか、道行く人が視線を投げかけてくる。しばらくすると、隣に並んでいた熟年夫婦がペルシャ訛りの英語で話しかけてきた。男は茶色の背広を着て、女は黒い衣装に黒いベールをまとっている。
「チャイナ? コーレア?」と聞くので「ジャパン」と答えると、「ズアパン、グッード!」と叫んで握手を求めてきた。イラン人は驚くほど親日的で、バスなどで知り合えばウチに泊まれとか、喫茶店に入ればお金はいらないとか、くすぐったいくらいの大歓迎を受けることがある。
その歓迎の理由は、日本のかつての強さが現在のイランに似ているから、という話もある。イランという国は小国だが、1つに団結している。北朝鮮やキューバもそうだが、一致団結していれば小さくても強い。