前回「陸前高田市の一本松」を題材に、新聞やテレビ報道がひどい「人まね」「パクリ」を繰り返していることを書いた。が、またその後、7月7日(=七夕)になって朝日新聞が実にメルヘンチックに美しい「一本松と天の川」の写真を掲載していて、脱力した。どうやら、この人たちは本気でこれが「いい記事」だと信じているようだ。

 さて、こうした3.11報道で顕著になった、新聞テレビが陥っている粗悪な記事のパターンを雑駁に分類してみた。

(1)パクリ・人まね記事
(2)セレモニー記事
(3)パチカメ記事
(4)カレンダー記事
(5)えくぼ記事

記者たちは奇跡的に同じ場所に集まったのか?

 (1)についてもう少し述べておく。「一本松」のように「地元名所」になって「みんなが知っている」話を独自ダネのつもりで出してみたら、同じ記事が他紙にも出ていた、というやむを得ないことはある(それでも2回目以降はパクリだが)。

すべて中村生花店を取材した記事。上から朝日(5月9日)、毎日(5月9日)、読売(5月9日)

 もっとタチが悪いのは、そうでもない話、独自ダネのフリをした記事までそっくりの内容が出ているときだ。

 絶句するのは、全国紙の1面にまったく同じ場所で撮影した写真が出ている時だ。例えば5月8日、被災地の「母の日」を伝える朝日、毎日、読売の記事(9日付)を見比べてほしい。

 朝日、毎日、読売と、全国紙3紙が「岩手県山田町の中村生花店」というテントで営業している花屋の写真を掲載しているのだ。場所がまったく同じであるだけではない。朝日、毎日にいたっては、映っている青いジャージの女性まで同じだ。朝日は白いカーネーションを買っているところ、毎日は花束を赤い包装紙で包んで帰るところ。右を向いているか左を向いているかだけの違いでしかない。店の白いマスクの女性も同じだ。

 つまり、朝日の福留康友記者と毎日の三浦博之記者は「被災地の母の日」を取材するのに、青森から千葉まで、500キロ以上の長さがある被災地の中から、まったく同時にまったく同じ場所に並んで写真を撮影し、記事を書いたということだ。目まいがしそうな話だ。ここまで発想が凡庸だと、この紙面にカネを払う価値があるのか真剣に怪しくなる。

 読売の小野悠紀記者は、時間が若干ズレたようだ。朝日、毎日が遠くから望遠レンズで引いて瓦礫を背景に入れた「気の利いた写真」を撮っているのに比べると、横並びの上にヘタな写真で、まったく救いがない。