未曾有の広告不況に襲われ、マスコミ業界を取り巻く経営環境が厳しさを増している。この不景気で企業が広告費を絞り込む「循環要因」。さらに、広告主が限られた予算を自社ホームページやウェブ広告に重点配分する「構造要因」が加わり、テレビを筆頭に新聞、雑誌の受ける経営ダメージは大きい。

 大手マスコミでは企業経営の素人が重役陣を占め、台所事情はかつてないほど苦しい。とはいえ、「第4の権力」として免許制度や再販制度で保護されている業種である。この小さな国で数多くのネットワーク局や全国紙が共存し、依然として過当競争を演じている。

 この構図は、大手銀行がひしめき合っていた昔日の金融界の姿と重なる。また、「現場」の思考回路も共通するように思う。つまり「顧客第一」とは決して考えず、本来の企業目的を忘れ、ただひたすら目先の収益拡大に邁進する。しかしその戦略の内実は、同業他社との「横並び」でしかない。

 その結果、どんな小さい話でも今時の記者は「他紙と同じつくり」を求める。

 現場記者の思考回路を分析してみると、(1)読者の感情を揺さぶるネタでなければ売れない(2)主張してはいけない(マスコミ社内でそんなもの誰も評価してくれない)(3)必要とされるのは「数字」の取れる政治や社会ネタであり、複雑な経済政策などは一部読者にしか読んでもらえない。多くの人に読んでもらえる記事に仕立てる理解力と筆力、さらに気概も今の記者は持っていない(4)読ませる「企画」にも社内でサポートがなく、記者にインセンティブが生じない・・・。

 こうした「社内力学」は、金融機関に身を置いた者なら痛いほどよく分かる。

数字取り「災害報道」、消費マインドを萎縮

経団連前で「派遣切り」抗議デモ

「派遣切り報道」の影響甚大〔AFPBB News

 一方、マスコミ各社のデスクから取材現場に対しては、「金融危機なんだから。何か盛り上げる記事を書け」という圧力が掛かっている。しかし、危機の発生現場が日本ではないだけに、右から左の記事にしてしまうと迫力に欠ける。

 そこで金融危機を「災害」の一種と捉え、社会ネタ風に仕上げてみる。すると、そこそこの「数字」が取れる。すなわち、被害者を探し出し、それに焦点を合わせるのだ。かくして「派遣切り」報道が生まれ、解雇された非正規雇用の契約社員の悲惨な状況をひたすら伝えるのである。

 「災害報道」が与える経済的な影響は決して小さくない。被害者をクローズアップした報道は、視聴者や読者の感情に訴えても、理性には訴えない。情報の受け手が理性では反発していても、感情で形成された「気」の前には沈黙するしかない。

 こうした報道が、経済主体の姿勢や判断を消極化させている。わが国には消費者マインドを見る指標が少ないが、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」なるものを見ると、「今は不景気だ」と判断する最大の材料はマスコミ報道だという。今回の景気後退局面では相当早い段階から、すなわち賃金調整が始まる前から、カネを使うことがが憚られる雰囲気が蔓延し、あっという間に消費が落ち込んでしまった。

 同時に、製造業の経営者は「景気が回復しても、工場を海外に出すしかない」と思い始めた。その理由は、円安バブルの終焉だけではない。「派遣切り報道」を通じて、「この国では感情的圧力が社外から掛かるため、法的に可能なはずの雇用調整を現実には行えず、大きなリスクが存在する」と認識したからだ。