キューバーのトリニダー。今、ここ!

中南米に来て最初にたじろぐのは、英語がほとんど通じなくなることだ。 米ドルがそのまま流通しているパナマや、豊かで教育レベルの高いベネズエラ、観光立国のコスタリカなどでは稀に通じることもある。

 しかし、日本の反対側のこのあたりは、私たちが地球を席巻していると思っていたCNNやBBCの支配圏ではない、ということを痛感させられる。

 音楽、気風、文化、そして政治など、日本が信奉する英語文化圏とは異なるカルチャーが中南米には根づいている。特にキューバのサルサ、ジャマイカのレゲエ、ブラジルのサンバ、ボサノバなど、この地域の独創的な音楽が世代を超えて定着し、今なお、盛り上がりを見せている。

 街角のエンターテインメント、サルサやサンバなどのライブが街のいたる所で開催され、その小さな社交場でダンスが繰り広げられる。古き良きタンゴやサンバなどクラシカルなラテン音楽の流麗さに、ダイナミックなアフロ的躍動感が加味され、熱情、陶酔、哀歓と、生きることの喜ばしさ、そしてうら悲しさが天性の麗質をもって表現される。

 財力や名誉が必ずしも富貴で尊いというわけではなく、また、それが必ずしも幸せを意味するとは限らない、という素朴な真理を、音楽を呼吸するようにして生きている人々の国、キューバを歩いて感じたのである。

街の広場が野外ライブ会場に

 トリニダーというキューバの南側の中程に位置するこの街は、19世紀中頃まで奴隷貿易で栄えた。石畳とコロニアル建築が当時の繁栄の面影を残す古い街並みは、ユネスコの世界遺産に登録されている。

 街の中心はサンティシマ協会のあるソカロ広場だ。協会の横の階段広場に、カサデラムシカ(音楽の家)というスポットがあり、毎晩、10時を過ぎるとキューバミュージックの野外ライブが演奏される。

 音楽を聞くための入場料は無料で、隣の併設されたバールではカセルベッサ(ビール)やキューバ・リブレやモヒートなどのカクテルを楽しむことができる。ちなみに酒の持ち込みはできない。

 ローマのスペイン階段を思わせる階段と、広場に設けられたテーブル、椅子が客席となるこの社交場には、毎晩、大勢の観光客や現地の人が押し寄せ、ダンスやミュージックが楽しめる本格的なサルサテカ(サルサを踊るクラブ)となり、酒や会話、そして観客同士の出会いが楽しめる。

 午後10時、私は宿泊しているカーサ(安宿)で夕食を済ました後、この広場へと繰り出した。丸い石畳の道の坂を上がると、もう既にトランペットやサックスのテンポの速い軽快なリズムが夜空の広場一体に響き渡り、思わず体が動き出しそうだ。