つい先日、外国ではほとんど報道されないある出来事が、クレムリンで起きた。グルジアとの戦争で外国からの批判が強まっていたさ中に、メドベージェフ・プーチン政権が本格的な野党の設立に着手したのだ。11月16日に、その政党の発起大会がモスクワで行われる予定だ。
去年、議会の選挙で惨敗し、議席を取れなかった野党の「右派勢力同盟」と、政権寄りの微力な政党が党を解散して、新しい政党を作るために合併すると声明した。新しい政党の名前は「新党」という仮称しか決まっておらず、党の構成と綱領もまだ不明確だ。
この声明で、ロシアのリベラル勢力は混乱状態に陥っている。新党設立はクレムリンの意向によるところが大きい。そのため、「クレムリンの手で作られる党が本当の野党になるはずがない。でっち上げだ」という批判が強い。一方で、リベラル勢力がクレムリンで生き残るためには、新党の誕生が必要だと反論する人もいる。その中には、1990年代にエリツィンとともに最初のリベラル的な改革を起こしたガイダルとチュバイス両氏がいる。
メドベージェフ・プーチン政権と対話をすべきか、もしくは妥協すべきではないのか。今、リベラル勢力は「生きるべきか死ぬべきか」というハムレットのような心境なのだ。「対立派」と「対話派」に分かれているリベラル民主勢力の現状を軸に、ロシアの民主主義の展望を考えてみたい。
民主主義は一夜では根付かない
新生ロシアは民主主義を名乗っているが、それは本物だとは言い難い。1991年8月、私の目の前でソ連共産党が解体された。この出来事を「偉大なるロシア民主主義革命」と呼ぶ人もいるが、今までの18年間の経過を見ると、決して民主主義が生み出されたわけではなかった。民主主義が生まれるための条件の整備が始まったにすぎない。共産党の解体がその第一歩だったのである。だから91年8月の革命は「反共革命」と呼ぶ方が的確だ。ただし、これだけでも、ロシアは劇的に変化した。ソ連時代にしかロシアを訪れたことのない人は、今、行けばまったく違う国だという印象を受けるに違いない。
とはいえ、政治の分野は変化が遅い。去年の議会の選挙、また今年の大統領選はどう考えても茶番だった。反共革命によって誕生した「民主主義」の中身は極めて乏しいのが実情だ。
なにしろキエフ大公国以来、1000年以上の間、ロシアではずっと独裁者の政権が続いてきた。そんな国に民主主義が一夜にして根付くはずがない。魔法の杖はないのである。時間がかかるのはやむを得ない。