しまむらは客単価を4.3%の上昇に抑えて客数は7.5%増。国内ユニクロは客単価が13.6%上昇し、客数は8.3%も減少している。この違いはなぜ生まれたのか

 生産コストの上昇にサプライチェーン分断や円安が加わっての調達コストインフレは峠を越したかもしれないが、2024年は労働コストと物流コストのインフレが加速し、資本コストまでインフレする4重苦の年になる。インフレをうまく売価に転嫁してトップライン(売上)をかさ上げし、同時にボトムライン(コスト)を抑制することができるか。小売業は総合的な経営手腕が問われることになる。

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■「4重コストインフレ」の2024年を、小売業はどう生き残ればいいのか?(本稿)

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小売業界にのしかかる「4重コストインフレ」とは

 コロナ禍からの回復局面に地政学的な混乱や対立が加わってサプライチェーンが分断され物流が滞り「調達コスト」がインフレしていたところに円安も加わり、小売業は調達コストの売価転嫁と運営コストの抑制に四苦八苦してきた。そうした綱渡りの状況に「労働コスト」と「物流コスト」のインフレが加わり、さらには「資本コスト(金利)」までインフレする2024年、小売業には「4重コストインフレ」がのしかかる。

【労働コストインフレ】

 少子高齢化で労働人口が減少する中、女性や高齢者の労働力化も限界に近づき(賃金格差はともかく、生産年齢女性就業率は2022年で74.3%と米国やフランスを上回る)、物価上昇に賃上げが追い付かず実質賃金の減少が続いている(2023年10月まで19カ月連続)。

 そうした中、生産性が高く給与水準の高い産業に労働人口が移動して給与水準の低い小売業や飲食業は人手不足が深刻化、大幅に賃上げして人材を確保しないと運営に支障をきたす状況に追い込まれている。高生産性産業はグローバル化して給与もグローバル水準にインフレしており(IT系など米国並みに初任給5万ドル/700万円超という事例も見られる)、低生産性を脱せない小売業などとの格差が急ピッチで開いている。

 もはや「3%だ。5%だ」といった細切れの賃上げでは人材の確保は困難で、二桁賃上げを可能とする生産性の「革命」が求められている。個別業務のカイゼンの積み上げではそれは不可能で、縦横の業務プロセスを外部企業などとの連携も含めてDXで抜本から再編するか、全く異次元の革命的な調達プロセスや販売プロセスを構築するしかない状況だ。

【物流コストインフレ】

 トラック運転労働者の残業時間を年間960時間に制限する「2024年問題」が迫る物流分野など、業務負担慣行を温存したままでは労働時間の絶対供給量が大きく不足し、幾ら運賃を上げても運べない荷物が大量に発生することになる。このままでは即日・翌日配達が当たり前という利便性も損なわれてしまうのではないだろうか。

 960時間に制限しても平均して毎日12時間も運転労働に携わるわけで、過労による事故の発生リスクが抜本的に抑制されるとも思えない。この問題の解決方法はさまざまに試みられているが、いずれも部分的な改善にとどまっており、根本的な解決策は見えていない。宅配の軽トラックや小型トラックはともかく、長距離輸送の大型トラックについては海運並み規格のコンテナを積んだトレーラーだけに運送を制限し、ドライバーを一切の積み下ろし作業から解放するべきだ。

 小売業としては調達と並行して店舗物流も地域で完結させ、載せ替えや運送が重複するハブ&スポーク物流(注1)を回避する一方、ECも店舗在庫引き当ての店出荷宅配・店受け取りのOMO(注2)にシフトして、ハブ&スポーク物流を要するFC(注3)出荷は限定していくべきだろう。

(注1)半世紀も前にFedExが確立したという、各地の集配拠点から地域の拠点に持ち込んで夜間に地域拠点間輸送を行い、到着した地域拠点から各集配拠点に仕分けて宅配する広域物流システムで、載せ替えの手間と夜間をまたぐ地域拠点間輸送を要するフルプライス物流。
(注2)Online Merges with Offlineの略称。ネットと店舗の垣根を越えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め、物流コストを抑制するリテール戦略。
(注3)Fulfillment Centerの略称。在庫を棚入れしてECの注文に即してピッキング出荷する保管型出荷倉庫。

【資本コストインフレ】

 長らくゼロ金利政策が続いて世界でも珍しい「金利のない世界」が続いてきたわが国だが、欧米諸国がインフレ抑制の高金利から金利低下に転ずる中、ようやくゼロ金利政策からの出口を模索しつつある。それでも長期金利(10年もの国債利回り)が0.5%の足かせが外れて1.0%に迫ったり戻ったりする程度で、銀行貸し出しのプライムレートもコロナ前2019年の1%割れから直近では1.5%ほどに上昇したに過ぎず、欧米に比べればゼロ金利に限りなく近かった。

 2023年12月の金融政策決定会合を控えて日銀の植田和男総裁が「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言してゼロ金利政策の早期解除を想起させるなど、「金利のない世界」の終焉が近づいていることは確かだが、バブル期のようにプライムレートが7〜8%台に乗るようなことはもはや無く、異次元緩和前2000年代の2%台に戻る程度と推察されるが、それでも企業の資金コストは跳ね上がる。中小企業にとってはコロナ下の「ゼロゼロ融資」から一転しての高金利であり、キャッシュフロー管理による運転資金と金利負担の抑制が急がれる。