2022年、2023年と紳士服チェーンの売上は回復しているが、それはインフレによる単価上昇とフォーマル需要によるもので、スーツ販売着数の回復は鈍い。写真(AOKI):「Ned Snowman /Shutterstock.com」

 かつてはビジネスマンの階級的制服として定着していたスーツも経済の停滞や非正規雇用の増大で市場が年々縮小し、コロナ下でリモートワークが広がって一段と激減した。コロナ明け以降は外出も通勤も回復して需要が回復していると伝えられるが、本当だろうか。既製スーツの長期的衰退と直近の動向を、データをそろえて検証してみた。

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ピークから4分の1に激減した販売着数

 紳士既製スーツの販売着数ピークは1992年の1350万着だったといわれるが、バブル崩壊以降は年々減少し、リーマンショック以降は700万着を割り込んだ。2013年はやや回復して720万着まで戻したが、2014年以降は再び700万着を割り込んで2018年には600万着まで減少。コロナ前の2019年は消費税増税を契機に500万着を割り込み(推計480万着)、コロナに直撃された2020年は350万着まで落ち込んだと推計される。2022年、2023年と紳士服チェーンの売上は回復しているが、それはインフレによる単価上昇とフォーマル需要によるもので、スーツ販売着数の回復は鈍い。

 家計消費支出におけるビジネスアイテム(紳士のスーツ、Yシャツ、ネクタイ)の支出を見ても、2000年から2019年で45.1%と半分以下、コロナ下の2020年には3掛け以下(28.8%)に減少しているから、スーチングというビジネススタイルそのものが一般的ではなくなったのではないか。そのように見るなら、コロナ明けのスーツ需要回復が鈍いのも理解されよう。

 スーツ業界に正式な販売統計は存在しないから、この原稿の紳士既製スーツの販売着数は青山商事のビジネスウエア事業とAOKIホールディングスのファッション事業が毎期(3月決算)、公表する販売着数をベースに両社の推定占拠率や業界の供給数量(こちらは輸入統計と国内生産統計が開示されている)などから趨勢を推計した。変動が大きい時期は年単位の推計が困難で節目節目の推計になるが、趨勢はつかめると思う。文中で供給数量をいう場合は年(1~12月)、販売着数をいう場合は年度(4月~翌年3月)と3カ月のずれがあるが、供給から販売消化までの期間は新規品で6カ月前後、持ち越し品では18カ月にも及ぶから、概ね、相対すると思われる。

 紳士既製スーツの販売着数は1350万着から350万着へ実に4分の1(25.9%)に激減したが、それはストッキングとて大差なく、同様にピークの1992年から2022年で6分の1以下(16.0%)に激減している。ビジネスマンの制服たるスーツとビジネスウーマンの必需品たるストッキングの同期したような激減の軌跡は、この間のワーキングスタイルと男女の業務分担の変化(社会分担・家庭分担も同様)を如実に表しているのではないか。

 家計調査の勤労者世帯収入中の世帯主収入が1992年から2022年で2.5%減少して、その貢献率が82.0%から73.0%に低下する一方、配偶者収入は90.7%も増えて、その貢献率も9.1%から15.8%に増大している。女性の社会進出と機会均等の進展と見るか、家計を支えるべく労働戦力化したと見るかは別として、男性同様に女性が外で働くことが一般化したことは間違いない。実際、女性の就業率(15才~64才)は2005年の58.1%から2022年には74.3%に急上昇している。青山商事もAOKIもスーツなどワーキングウーマン向け商品を拡大しており、直近2023年3月期では青山商事ビジネスウエア事業売上の18.0%、AOKIファッション事業売上の21.1%を占めている。