前世紀には小売業界の大きなトレンドとなったVMD(Visual Merchandising)だが、リテーリングのけん引役がECに移ってOMO(注1)やDXの奔流が席巻する今日ではすっかり影が薄くなり、店舗販売の演出スキルに退化した感がある。とはいっても、VMDが店舗販売を活性化するだけでなく、マテリアルハンドリングを軸とした店舗運営やロジスティクスの効率を大きく左右するキーテクノロジーという一面を軽視してはなるまい。インフレと人手不足にあおられてニューリテールへの変貌が加速する今日、そんなVMDの役割をOMO視点で見直すべきではないか。
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(注1)Online Merges with Offlineの略。ネットと店舗の垣根を越えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め、物流コストを抑制するリテール戦略。
VMDはチェーンストアのキーテクノロジーだ
VMDというと今どきはディスプレイヤーや販売員の属人的な演出スキルというイメージが定着した感があるが、チェーンストアにとってはフェーシング管理の基点たる「元番地」の「棚割り」と、タイムリーにそこから持ち出してラックエンドや打ち出しスポットに訴求する「出前」の陳列運用体系であり、売上だけでなく在庫管理やマテハンの人時効率を左右する店舗運営のキーテクノロジーだったはずだ。棚割りは陳列訴求だけでなくサプライ(補給)の基準でもあり、在庫管理・補充発注やマテハン作業のみならずロジスティクスの精度と効率も少なからず左右する。
定番品のような「縦売り」(同一商品を補給して継続販売)する商品では棚割りは必定で、店舗の規模や販売力でタイプ分けしたフェース量の「VMDカセット」を投入して立ち上げ、日々のフェーシング管理(在庫管理・補充発注、棚入れと棚戻しの陳列整理、食品では賞味・消費期限管理も加わる)で販売訴求力を維持する。
棚割りが崩れると販売訴求力が落ちるのはもちろん、フェーシング管理の精度と効率も落ちるから、店舗運営のコア業務として作業のタイミングを定め、的確に励行する必要がある。フェーシング管理の頻度は販売回転によってカテゴリーごとに異なり、明確な人時量割り当てと作業指示が必要だ。
ファストファッションのような「横売り」(同一商品を補給せず売り切る)する商品ではテイストやカテゴリーごとに元番地を定めて「心太式」(商品流動型棚割り)に類似商品を投入し、そこからさまざまに編集して出前を繰り返し、消化をドライブしていく。元番地は在庫量で自在に拡縮できる必要があり(下の写真のようなアドレスリング管理が適している)、出前も状況に応じて編集切り口や組み合わす相手を変えて多重露出し消化を加速させる。多重露出出前はファストファッションのみならず、「GU」などの縦売り型SPAでも大量調達した重点商品を売りさばくべく日常的に活用されている。
このように商品展開と棚割りの性格によって初期投入や補給投入の手法が異なり、店舗のマテハンを効率化すべくDCやTC(注2)における物流加工(バンドリング)も異なってくる。チェーンストアでは棚割りを起点として物流加工から店舗のフェーシング管理までロジスティクスが決まるから、VMDはチェーンストア運営のキーテクノロジーと認識すべきだ。
(注2)DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center):入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず自動仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FC(Fulfillment Center)は通販の出荷用DC。
UI・UXのキーとしてリテールメディアも担う
コロナが明けて店舗販売が活気を取り戻しているが、コロナ下で急進したECシフトとOMOが購買慣習を一変させた以上、店舗販売がコロナ前に戻るわけがない。肌身離さぬスマホをキーデバイスとしたショールーミング(店舗でネットから情報を得て購入)とウェブルーミング(ネットで情報を得て店舗を選択し購入)のOMOが購買慣習に定着してBOPIS(ネット注文品の店受け取り)も当たり前になり、GPSの近接モードやBluetoothのインストアモードで移動する顧客にアプローチするライブマーケティング(自社アプリが前提)も広がる中、店舗のVMDも変わらざるを得ない。
手軽にショールーミングしてもらうには見やすいところに2次元コードを表記する必要があり、タグの取り付け位置が不統一だったり意図して隠したりすべきではないが、アパレル店舗ではタグを隠す時代錯誤な慣習が続いている。まずは隠さなくて済む洗練されたビジュアルにして、表記と取り付け位置・方法を統一するところから始めるべきだろう。
ECでは必定の商品検索、個人情報に基づくサイズレコメンドやコーディネート提案はECサイトにログインしてショールーミングしてもらう必要があるが、逐一ショールーミングするのが面倒なら、ECのささげ情報(色・サイズの展開や寸法・重量、素材や物性など商品説明)を大きめのタグに印刷(裏表の2面)するというアナログな方法もある。それもECに慣れた顧客に対する今どきのVMDではないか。
元番地や出前のPOPもネットと同期してリアルタイムに変更できるようオンラインの大型電子値札に替わっていくのは必然で、インストアモードでパーソナル訴求したりリテールメディアとして運用するにも不可欠だ。となれば棚割りもネットやリテールメディアでデジタルツインにAR(拡張現実)運用されるようになるのだろう。
インストアモードで店内の商品所在を案内するにはアドレス管理が不可欠で、定置スキャナーによるICタグの自動読み取りや定置カメラによる商品画像のAI認識(データベース照合)でリアルタイムに所在をつかんで案内するようになる。それらの技術は在庫管理やセルフレジの精算管理を第一目的として導入されるにしても、迷い子商品の棚戻しやBOPIS商品のピッキング、顧客の案内にも活用されるに違いない。
こうしたIT装備に加え、アパレル分野ではE2Cプレイヤー(注3)によるSNSから店舗へのパーソナルタッチな顧客誘導も欠かせない。お目当てのプレイヤーが他店や本部にいて店舗に不在でも、姿見型デジタルデバイスを使えば目の前で等身大に接客してもらうことも可能だ。
OMOは顧客利便とLTV(Life Time Value 長期顧客化)へのUI(顧客接点)・UX(顧客体験)と位置付けるべきでVMDもその一環を担うが、IT仕掛けをどこかで補足するヒューマンタッチが不可欠だ。ECではコールセンターや有人チャットからチャットボットへの切り替えが加速しているが(有人チャットは早晩AIチャットに駆逐される)、顧客を失わないためには人とのつながりをどこかに残すべきだろう。その点、店舗販売は大なり小なり店舗スタッフとの接触が必然で、マテハンやレジ精算のルーチンワークをITで最小化し、インストアモードでAIが支援すれば、相応の人時量をヒューマンタッチな接触に割けるのではなかろうか。
(注3)SNSやECを通しスタイリング投稿などで顧客に働きかけるスタッフ・インフルエンサーで、アプリで直接・間接の売上がひも付けられ、成果報酬が加算される仕組みが広がりつつある。
フェーシング管理効率化へのハードルは高い
今後、コンビニや食品スーパーのセルフレジは顧客のバーコードスキャンに頼らない商品画像のAI照合方式、アパレルのセルフレジは商品に縫い込まれたRFIDインレイの一括読み取り方式(タグのすり替えリスクを回避)に移行していくと思われるが、フェーシング管理の効率化にはさまざまなハードルが残る。
食品では商品に印字された賞味期限や消費期限を目視確認する作業に手間取るが、さまざまな位置にアナログ印字された期限を自動読み取りするには人が印字面をカメラに向けなければならず、自動化には程遠い。RFIDタグなら容易に一括読み取りできるが、デバイス画面上で期限切れ商品をマークできても商品を物理的に特定するには人の手と目が必要で、結局は使えない。賞味期限や消費期限を自動認識して物理的に特定する簡便なシステムができれば画期的でQRコード並みの大発明となるが、いまだ聞かないのは残念だ。
古い商品から売り切っていくには「先入れ先出し」(First In First Out)が肝要だが、補充するたびに奥の古い商品を前に移動して新しい商品を奥に入れる作業は手間取るし、鮮度を求める顧客はそれを見越して奥の商品をピッキングするからイタチごっこになる。後方補充方式なら入れ替えの手間はかからないが後方スペースが売場を圧迫してしまうので、セブン-イレブンのようにスライド棚を使うのが現実的だろう。
食品廃棄の抑制へ行政は「先入れ先出し」を前提に消費者に「手前取り」を呼びかけているが、食品廃棄の半分は家庭から出ているのが実情だ。スーパーマーケットのロス率(値引きロスと廃棄ロス)が一般食品で1.8%、日配品で4.2%、惣菜でも10.1%(2022年「スーパーマーケット年次統計調査報告書」)で廃棄率は1%未満であるのに対し家庭の食品廃棄率は3.7%にも及ぶから、無意味な茶番劇でしかない。2020年7月のレジ袋有料化でも小売業界と行政は消費者の信頼を損なったから(プラ袋削減のはずが紙袋まで有料化され、小売業者の利益になったと恨まれた)、行政の旗振りに協力する消費者はもはや限られるだろう。
結局のところ、フェーシング管理の効率化が困難でマテハン人時量を抑制できないのであれば、「店舗まで商品を運んで陳列し、顧客にピッキングと持ち帰り、近年は精算の労働まで強いる店舗販売という流通方式が本当に合理的なのか」という本質論に突き当たることになる。
店舗販売軸のローカルOMOが突破口になる
顧客がわざわざ店舗に来て商品をピッキングし自ら持ち帰るという購買慣習は、会社勤めが一般化して核家族的な男女の役割分担が確立した1920年代以降に成立した近代の慣習だ。それまでは自営の職人など日中に在宅する家が多く、「御用聞き」や「棒手振り」といった訪問販売が主流で、大正期には代引き郵便小包による通信販売がブームとなった。それは米国とて同様で、19世紀末から台頭した通信販売は1920年代末に乗用車が普及してチェーンストアに主役が移るまで主要な購買手段だった。
わが国の戦前の通信販売ブームは1923年の関東大震災による顧客名簿焼失というデータベースセキュリティー崩壊で終焉したが、米国の通信販売は戦後のショッピングセンターエイジも生き抜き、1970年代には注文と受け取りの拠点たる「カタログショールーム」がブーム化した。カタログショールームはBOPISの先駆けとなり、その生き残りたる英国のアルゴスは2013年以降、分厚いカタログをAppleのタブレットに替えてデジタルストアに変貌し、一世を風靡した。
そうした流通の歴史的変遷を振り返ってみれば、店舗へのロジスティクスにも店舗運営にも相応のコストを要し、顧客にも来店とピッキング、持ち帰りの労働を強いる店舗販売は、女性就業率がスウェーデン並みに上昇して核家族が崩壊した今となっては永続性が疑わしいし(ECに出遅れたIKEAの苦境に象徴される)、さまざまなアプリで補完しても現品確認が困難で返品率が高く、宅配物流や出荷倉庫運営など高コストな人的労力に依存するECにも限界は見えている(以上は筆者が2018年に商業界から刊行した『店は生き残れるか ポストECのニューリテールを探る』に詳しい)。
2024年問題を待つまでもなく、集中FC出荷型(ハブ&スポーク型宅配物流(注4)依存と同義)のEC事業者の多くはコストインフレの顧客転嫁を余儀なくされ、日常消費における価格競争力を失っていくだろう。アマゾンなど消費地前進分散デポ出荷型(LCC型ローカル宅配業者(注5)活用と同義)のEC事業者は勝ち残るにしても、広域対応集中FC出荷型のネットスーパーを採算に乗せるのは極めて難しい。
店舗販売とてコストインフレは同様だが、ウォルマートのようにBOPISや店在庫出荷など店舗軸のローカルOMO(注6)を駆使すれば、コストを抑制してUI・UX利便を提供し、EC専業者より遥かに有利に顧客を囲い込める。
店在庫引き当てのBOPISやローカル出荷を担う店舗は消費地前進分散デポの役割も兼ねるから、フェーシング管理や店舗運営の概念も一変する。出荷拠点店舗ではピッキングの作業時間帯と店舗販売の営業時間帯、それぞれのスタッフと人時量を区分管理する必要が生じるかもしれない。
OMOはUI・UXはもちろんロジスティクスも店舗運営も根本から変えてしまう。VMDもその中で役割が見直されるのは必然だ。
(注4)(注5)大手宅配業者によるハブ&スポーク型宅配物流では、デイリーに「エリア集荷」→「リージョナル仕分け」→「リージョナル間夜間配送」→「エリア仕分け」→「宅配」というサイクルを繰り返すゆえ、複雑で高コストになり、必ず一晩をまたがねば成立しない。これに対して、ローカル地盤のデリバリー・プロバイダーは載せ替えもリージョナル間配送もない直行宅配(LCC型)で、速い(2〜4倍速)・安い(ほぼ半額)を両立できる。
(注6)EC向けのFC在庫を持たず、購入方法を問わずエリア内の購入に対応してエリア内店舗に商品を供給し、店舗とECの隔てなくエリア顧客の購買履歴をつかんで購買誘導する。賃料負担などが有利でダイレクトパーキング可能な大型店舗に補給在庫を積んで近隣店舗に在庫を融通し(テザリング)、エリア顧客にEC注文品をローカル出荷する。