国税庁で職員を教える立場から
未来の税理士を育てる役目に

国士舘大学大学院 法学研究科 法学専攻
斉木 秀憲 教授

 企業の複雑な業務をデジタル化するサービスが増えてきた。たとえば法人税の申告といった税金関連も、電子申告(イータックス)の普及とともに電子化が進んでいる。では、そんな時代に価値を持つ「税理士」とはどんな人物か。こういったテーマに向き合い、未来の税理士を育てているのが、国士舘大学大学院 法学研究科 法学専攻の斉木秀憲教授だ。

 斉木氏は、税金関連の法律を専門としており、彼のもとで学ぶ大学院生のほとんどは税理士志望だ。

 そんな彼のキャリアを振り返ると、大学に来る前は、国税庁の税務大学校で教授を務めた。具体的には、職員の研修を担当。そこから大学へ移り、税理士の育成へと役目を移している。なぜこういったキャリア転換をしたのだろうか。

「国税庁と民間の税理士は立場が逆に見えますが、その使命はどちらも同じ。納税義務の適正な実現です。そのための、国税庁側からの業務に一区切りついたところで税理士側へ移ってきました」

 納税義務の適正な実現。斉木氏がこの使命を大切にするのは、その裏に、税に対する実直な思いがあるからだ。

「税は取られるもの、嫌なものと思われがちですが、私は若い頃、税を学ぶほどこのシステムの重要性を感じました。日本で日々の生活に必要な公共サービスを分け隔てなく享受できるのは、税金が財源としてあるからです。各々が所得などの担税力に応じて税を負担し、すべての国民が平等に公共サービスを受けられるシステムは、すべての国民が健康で文化的な生活を送るために必要でしょう。国税庁や税理士は、それを担う重要な存在です」

 斉木氏は高校を卒業後、貧しい中で進学は許されず税務大学校に通い始めた。それは、隠さずに言えば“成り行き”だったが、税を学ぶ中でその意義を実感し、よりこの分野を追求しようと夜間部の大学、大学院に通った。税に対する思いが、彼の人生を貫いているのだ。

 だからこそ、税理士を育てる上で院生に必ず伝えるメッセージがあるという。

税理士は単に申告書を作成するのではなく、社会の一翼を担っているということです。顧客の要望通りに申告書を作り、顧問料をもらえばよいわけではありません。一人ひとりが租税法の専門家・法律家としての自負を持ち、公平な立場で業務に向き合ってほしいのです」

法学を学ぶことが
なぜ税理士の実戦に活きるのか

 税理士試験では、会計学科目2科目、税法科目3科目を受験する必要がある。しかし、斉木研究室で修士論文を作成し、国税審議会の認定を受けると、税法科目が2科目免除となる。

「会計事務所で働く方などは、税理士試験の合格まで残り1〜2科目の方が多いです。とはいえ、30、40代を超えると仕事が忙しく、家庭も持つなどして、試験勉強に時間を割きにくい。そこでこの大学院に入り、残り科目の免除を狙うケースが多いです」

 ちなみに、国士舘大学大学院では、経営学研究科でも同じように会計学の1科目を修士論文で免除できる。そこで「経営学研究科と連携し、両方の論文を書く院生もいます」と話す。

 社会人も無理なく通えるように、授業は土曜中心。平日は夕方に1日通う程度とのこと。最近は子育て中の女性も増えているという。

 なお、税理士を目指す場合、法学ではなく商学などで簿記会計を学ぶ人が多いかもしれない。だが、法学で学ぶことにはこんな強みがある。

「たとえば法人税の申告書を作成する際、本当にその数字は該当条文に適合したものか、その判断には租税法を含む法律の解釈が必要になります。逆に法への理解がないと、仮に法人税について税務調査が入ったとき、あるいは不服申し立てや訴訟に発展したとき、なぜこの数字で申告したのか、法的な裏付けをきちんと説明できません」

 もちろん、商学などから税理士を目指す場合も、租税法の勉強もします。だが、「適正な税の負担、申告をするためには租税法だけでなく、私法と会計が三つ巴で絡みます」と斉木氏。その兼ね合いの中で適正な租税法の解釈・適用をすることが実戦では求められる。また、いざ何かを聞かれたら、説明責任を全うしなければならない。

 租税法に基づく課税は、原則として私法上の法律関係に則して行われるため、租税法の適正な解釈・適用をするためには、法学での学びが大いに役立つことになると考えている。

「もちろん訴訟が起きたら納税者は弁護士に依頼するのが通常ですが、私の経験上、租税法を深く学んでいる弁護士は少数派です。訴訟においては、租税法の解釈・適用を理解した税理士と弁護士が連携することが必要になります。」

 税理士が法を深く解釈し、実戦に活かす力を持つ。すなわち、リーガルマインドを習得した税理士こそが、記事の冒頭で述べた「デジタル化の中でも価値を持つ税理士」だと斉木氏は考える。

「ITが発達していくと、申告書を作るだけならコンピューターに入力すればいい世界が来るかもしれません。税理士に求められるのは、申告書の作成作業よりも、法律の解釈です。それがデジタルには代替できない、今後生き残る価値になるのではないでしょうか。税理士も法律家にならないと、ITに飲み込まれてしまう可能性があるのです」

 最後に、斉木研究室にはもう一つの特色がある。かつて在籍した修了生のOB会が作られており、現役の院生をバックアップしてくれることだ。

「OBが頻繁に訪れ、院生の修士論文のチェックやアドバイスをしてくれます。みんな、当時苦労した経験がありますからね。特に論文の追い込み時期となる10〜1月は土曜や平日に交代で来ていますね。入学を検討する方の相談に乗ることも多いです」

 実は多くの院生が、ここに入学した動機として、勤務先の会計事務所や知り合い伝いにOBから斉木研究室を勧められてきたケースが多いようだ。
そんな温かい雰囲気の学び場。最後に、斉木氏はこんなメッセージを残す。

「もし少しでも学びたい、一歩踏み出して税理士になりたいと思ったら、一度授業を見に来てほしいですね。仕事や家庭がありながら税理士を目指す同志の姿を見ると、気持ちもはっきりするかもしれません。連絡をいただければ、私の授業はいつでも見学できます。同じ立場で学んでいる人の話も聞いてもらいたいですね」

 税理士になりたくても、事情があり迷っている人は多いだろう。そんな人たちの背中を押そうと、斉木氏は今日も院生たちと向かい合う。そして、OBも院生を支える。それほどまでにみんなが尽くすのは、税が社会にもたらす役割を理解し、税理士という仕事に誇りを、そして法律家としての自負を持っているからだ。


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