IT導入が課題を解決するという幻想
万能なテクノロジーなど存在しない
AIを使った事業を立ち上げる、あるいは、ITを使って自社の業務を効率化するなど、いまやビジネスにテクノロジーを導入することは当たり前になってきた。経営者や各部門の責任者を中心に、多くのビジネスパーソンがテクノロジーをいかにビジネスに活かすのか試行錯誤しているだろう。
とはいえ、ITを導入することでかえって業務が非効率化したり、新たな課題が顕在化したりするケースもある。
従って、テクノロジーを導入する分野とそうでない分野との切り分けを適切に行うことができなければ、その恩恵を最大限に享受することは難しくなる。その意味で、「テクノロジーのマネジメント能力」が求められているのだ。
そんなテーマを研究しているのが、国士舘大学大学院 経済学研究科 経済学専攻の加藤将貴准教授だ。同氏の研究は、簡潔に表現すれば「テクノロジーが社会や人類に及ぼす影響を考察していく」のだという。それが、テクノロジーのマネジメントにつながるようだ。
具体的にどういうことなのか。理解を深めるために加藤氏が例示したのは、2010年代前半から懸念されるようになった、人間の仕事がAIに奪われるのではという議論。2013年に英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授らが記した「雇用の未来」という論文では、今後10〜20年の間に、50%近い仕事がAIやロボットに奪われると書かれ、未来で消滅する可能性の高い職業がランキングされた。
「これは、『査読(研究者などが内容を審査する)』のない論文でしたが、内容がセンセーショナルゆえに話題になり、当初、私も衝撃を受けた1人でした。しかし、コンピュータによる人間の仕事の代替可能性を、職業ベースで論じることは限界があるように感じました。というのは、ひとつの職業にはさまざまなタスクがあり、あるタスクはコンピュータによる代替可能性が高いが、別のタスクは人間が行った方が効率的であるということが、あらゆる職業で生じるためです。従って、職業ベースではなくタスクベースで議論すべきと考えます。また、当時予測されていたほど、コンピュータ導入によって人間の仕事の代替は進んでいないように感じます。たとえば、会計は数字が中心であるため会計事務の職業はコンピュータで代替しやすいといわれてきた職業のひとつです」
「そこで、会計事務の職業の有効求人数について、約15年分のデータを分析してみました。確かに、その数そのものは減少傾向にあるのですが、分析を進める過程で、コンピュータによる代替よりも景気変動の影響を強く受けているのではないかとの見解を持つようになりました」
法律、倫理、方法論。バランスをとりながら
適切なテクノロジーの活用方法を考えていく
テクノロジーを実社会でどのように活用していくかや、そのルールを検討していくことは、新しいテクノロジー生み出すことと同じくらい重要だという。
「新しい技術が生まれても、すぐに世に出せるとは限りません。近年注目される自動車の自動運転は、事故が発生した場合に、関係者がどのような条件下でいかなる責任を負うかについて明確に定まっていません」
また、キャッシュレス決済に代表される電子商取引は、簡単に国境を超えることから、国際課税において多くの課題が生じており、大学院に所属する税理士志望の学生も関心を寄せる。
「テクノロジーは、得てして現実世界が先行し、ルール設計や法整備が後からついてくる」と加藤氏。その中で、最先端のテクノロジーをどうビジネスに取り入れ、実社会とつなげていくか。または、法律とのバランスを取るか。そんな視点をこの研究室では養えるという。
法律だけではない、倫理の問題もある。たとえば、自動運転において、運転者もしくは歩行者の生命を、いずれかの生命を侵害することで回避可能な状況が生じた場合、どのような倫理に基づいて判断させるべきかの基準も存在しない。
「テクノロジーは社会に新しい課題を突きつけます。企業はその課題を考慮しながら、進む道を決めなければなりません。それは社会の中で技術が適切に普及するためにも必要。だからこそ、企業の経営者やテクノロジーを扱う方にもここで学んでほしいですね」
企業の業務をIT化する場合も、ここで学べることがあるという。「ITを使えば効率化やコストカットが簡単にできると考える経営者は多いですが、必ずしもそうではありません」と加藤氏。
「例えばAIをビジネスに活用しようとしても、精度の高い提案や予測には、大量のデータが必要になります。そのデータの収集コストやセキュリティ対策を含めた管理コストも考慮しなければなりません。学習させるデータが的外れなものであれば、いくらコストをかけても期待した結果を得られませんから、人材育成も大切です」
だからこそ、テクノロジーをマネジメントする能力が必要であり、その視点をここで学ぶことができる。
加藤氏の研究室は、経済学や会計学の視点からも、情報科学を深く探求する独特な立ち位置だ。加藤氏も、もともと会計学の分野からテクノロジーの領域へと研究範囲を広げていった。そんな彼は、分野をまたいで学ぶ意義をこう語る。
「現在、人類に突きつけられている多くの課題は、ひとつの学問だけ、あるいは文系・理系という片方のカテゴリだけで解決できるものではないしょう。文理融合、クロスボーダーの考え方が必要です。現代は多くの情報が検索で得られる時代。多面的な知識を掛け合わせてこそ、ネット検索では代替できない価値になると考えています」
文理融合の視点から、テクノロジーをマネジメントする存在を輩出する。稀有な立ち位置の研究室は、いまの時代にもっとも必要な場所かもしれない。
■特集トップページはこちら>>
<PR>