日本代表選手もカウンセリング
第一人者が教える「スポーツ×心理」

 スポーツにおいて“メンタル”という言葉が当たり前に使われるように、いまやアスリートの「心理」が競技に影響を与えることは定説となっている。そういったアスリートの心と身体の関係を研究しているのが、国士舘大学大学院 スポーツ・システム研究科 スポーツ・システム専攻の秋葉茂季講師(博士)だ。

国士舘大学大学院 スポーツ・システム研究科
スポーツ・システム専攻
秋葉 茂季 講師(博士)

 以前は独立行政法人日本スポーツ振興センターの国立スポーツ科学センターに勤めていた同氏は、日本代表選手や国の強化選手にスポーツメンタルトレーニングやスポーツカウンセリングを施してきた。現在もバドミントン日本代表をはじめ、多くの選手の心理サポートを行いながら、その結果を研究に生かしている。

「たとえば内面的な成長が競技パフォーマンスにどう表れるのか、あるいは、競技パフォーマンスが停滞しているときに心の中で何が起こっているのか。こういった心と身体の関係について、アスリートと対話ベースのカウンセリングから見出していきます。」

 スポーツカウンセリングにおいてどのようなやりとりがあるのか。一例として、ある選手との事例を振り返る。高校まで順風満帆に活躍してきたその選手は、次のステージに上がった途端に悩みを抱えた。コーチから「もっと腕を鞭のようにしならせて投げるように」とアドバイスされたが、なかなか実践できないのだ。やろうとするが、いくら鞭のようにとイメージして投げてもコーチからは納得が得られない。そのうちに投げ方自体を見失った。

カウンセリングルーム

 この投手との間では、コーチに言われた「鞭の様に」や「しならせて」という言葉を具体的にイメージできないことが語られ続けた。その出来なさ具合を秋葉氏の前で言語化していく中で、コーチの言う感覚とは異なるが自分が良いパフォーマンスの時の身体の感覚についても言語化されるようになる。そんな時、偶然テレビに映った風になびいてしなる竹林の様子にひらめく体験をする。そして、「僕の場合、竹の様な硬い感じなんです。あんな感じで投げられるといいと思います」と自分らしい感覚の芽生えにつながった。すると、それを機に「しならせる投げ方」ができるようになり、面白いことにコーチからも「やっと様になってきたな」と言われるようになった。

「プロになるようなトップアスリートの中には、才能が高すぎるゆえに、幼少期からプロ入りまで自分のフォームを改善したり、試行錯誤したりせずに通用してしまうケースがあります。そのため、自分の身体の動きを自覚する、いわば感覚の”主体性”が養われていないこともある。カウンセリングの中では、具体的なやりとりとしては動きのことを扱いながらも、その背景として内面的な課題や問題をイメージしながら聞いています。私が選手からそのような態度で話を聞くことで選手の内面的な変容につながることがあるのです」

 こういったノウハウについて、大学院生は秋葉氏のもとで学んでいく。毎日のように、彼のもとを訪れるアスリートとの実践事例から吸収できるのだ。これはスポーツの盛んな国士舘大学ならではだ。

「国士舘大学のスポーツカウンセリングルームは、遊戯療法や描画療法などの心理療法を含んだ幅広いカウンセリングも学べる仕様。これだけの環境が整った大学院は日本でも数校しかありません」
 

カウンセリングの様子

 現場のノウハウを吸収するほか、国内外の先行研究をもとにスポーツ心理の知見も養う。修了し実践のトレーニングを積むと、日本スポーツ心理学会が認定する「スポーツメンタルトレーニング指導士」の受験資格が得られる。

「入学する院生の中には、将来、部活の指導者を目指す方や大学やクラブチームなどでコーチングをしたい方、アスリートの心理に興味を持った方など、心理サポートの実践者を目指す人以外もたくさんいます。実際に今は、大学の部活動で監督・コーチをしている方や少年団スポーツチームの指導者が在籍しています。そのほか、私の願いとしては、アスリートやスポーツ経験者自身がより良いキャリアを考えるために、ここで学んで欲しいとも考えています。スポーツ心理学を学びながら、貴重な経験を自分の力(自信)に変えていく。その場にもなり得ると考えています。」

アスリートが“次”の人生を探す場にもしてほしい
この研究が社会に果たす役割とは

 秋葉氏は、この研究がアスリートの競技力向上・実力発揮だけでなく、アスリートやスポーツに打ち込んだ経験のある人の社会での活躍を後押しするものにもなると考えている。そのひとつが「アスリートキャリア」の問題だ。

 アスリートが現役を退いた後、進路選択に迷ったり、スポーツ以外の仕事に自信を持てず悩んだりするケースも少なくない。「引退した時に心の拠り所がなくなり、燃え尽き症候群になる人もいる」とのこと。そういった人が次のキャリアに向かえるよう心理面からサポートするのも「この研究の役目」だという。

「過酷な勝負の世界に身を置いてきたアスリートだからこそ、その中で培った心理的な強みや特別な精神性があるはず。それは社会に出ても貴重な武器になります。私たちの研究でアスリートの心の強み(独自性)を明らかにできれば、引退後のキャリアを後押しできると考えています」

 スポーツ庁でも、アスリートがスポーツで培った能力を引退後の社会で生かすことを支援する「アスリートキャリアサポート支援事業」を行っている。秋葉氏もその立ち上げに関わった。

「だからこそ、アスリートのキャリアを支援する人もここで学べることがありますし、あるいは、引退したアスリートや、過去にスポーツに打ち込んだ人が本学で学び、自分にどんな心理的強みがあるのか、社会にどう還元できるのかを考える場としても良いと思います」

 たとえば学生時代スポーツに熱中してきた人が、仕事で伸び悩んだとき、あるいは他の人に負けない自分の武器を探したいとき、スポーツに打ち込んできたからこそ持ち得る個性や長所がどんなものか、スポーツ心理学を通して学ぶことも可能。それを自分の仕事に活かしていくという形もある。

「私が大切にしているのは一人ひとりのストーリーを大切にすることです。30人の金メダリストがいたとして、30人に共通することを導き出し、金メダルを獲得する一つの方法を見出す研究ではなく、私は、30人のストーリーをそれぞれ調べて、さまざまな可能性があることを知りたいんです。スポーツ経験者もそれぞれ個性は違います。一人ひとりの個性を知り、活かす方法を学べるのがこの研究室です」

 このほかにもうひとつ、秋葉氏の研究が社会に果たす役目がある。それは、スポーツに打ち込んでいる子どもの「心の成長」を健全にすることだ。

「トレーニングが高度化したことで、スポーツをする子どもの身体と心の発達がずれるケースが増えています。たとえば、コーチの言う通りに練習すれば身体能力が高い子どもはすぐに成績は良くなるのですが、一方で、みずから考え悩む経験をしないまま育ってしまう。その結果、自分で打開する力が育たず、壁に当たったときに自分を見失うケースが出てしまうのです」

 こういったことが増えると、アスリートとしての人生だけでなく、いずれ社会に出る上でも悪影響になりかねない。そこで、秋葉氏は、スポーツに励む子どもたちの心の成長をサポートしていくこともしている。

「本来、小学生から高校生ぐらいまでは、将来の自分探しに向けて、自分自身で頑張る力、自分にあった頑張り方(勤勉性)を学ぶことが重要な時期です。そのためには、子どもが自由に表現できる場を与えることが大切です。それは好きなことでなくてはなし得ないこと。スポーツが好きな子がスポーツの場で勤勉性を育んでほしいのです。だからこそ、私たちがスポーツ心理学の側面からスポーツ現場の中に自己表現の機会を作ってあげる。そうすれば、子どもはスポーツを手がかりに自分をたくさん表現(語り)し、自分なりの頑張り方を見つけていくのだと思います。それはスポーツ心理学の役割だと考えています。」

 秋葉氏のもとで学ぶ意義は、競技力向上・実力発揮や競技による人格形成だけでなく、コーチングやスポーツ経験者のキャリアを支援するため、さらには、ジュニアアスリートの心の成長を支援するためにも役立っていく。


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