スタジアムやドームなど、スポーツ施設の再開発にも新たな傾向がある。楽しみの演出やエンターテイメント性を高め、周辺エリアを含めた広範囲の活性化を目指した事例が増加してきているのだ。2021年3月に約3年がかりの改修工事が完了した、「メットライフドーム」も、新たな価値を提供するスポーツ関連施設の一つだ。あらゆる世代のお客さまが楽しめる新たな価値の提供を目的とし、これまでの野球観戦の快適性を向上したうえで、試合前後を問わない新たな滞在価値を提供する「ボールパーク化」を目指した大規模改修を行ったのだ。そんなメットライフドームの変容から、人々の感情へ働きかける演出と新たなスポーツ施設の在り方が見えてきた。
周辺環境や特性を活かしたボールパークへ変容した「メットライフドーム」
プロ野球 埼玉西武ライオンズを運営する”株式会社西武ライオンズ 40周年記念事業“ として、西武ドーム(現、メットライフドーム)及び、周辺エリアを含む大規模改修工事が開始した。この改修計画は、構想や事前調査を含めると、完成まで約7年間の歳月がかかっている。球場として野球や興行を開催しながら工事を進める特性上、オフの短い期間を計画的かつ有効的に活用して推進されたからだ。
改修の大きなテーマは、「ボールパーク化」と「チーム/育成の強化」の二つだ。ボールパークとは、球場そのものや周辺を含む全体のエンターテイメント性が高く、野球の試合がない時でも地域住民が楽しめる、いわば地域活性の核となる場所のことを意味する。この改修計画では、メットライフドーム周辺の自然の豊かさと、スタンドと屋根の間が空いている半ドームという特性を生かした、「自然共生型の解放感に満ちたドーム」を目指し、観戦前後に関わらず解放感と四季を感じるエリアに生まれ変わる計画で進められてきた。
球場外のエリアは、以前と比べて大きく変容した。エリアを拡大し解放感と回遊性の向上を図り、あらゆる世代のお客さまが野球観戦以外でも楽しめる場所を新たに提供するため、子供が楽しめる遊具施設も屋内、屋外共に併設している。 その他も、レストラン、グッズ販売店や、優雅に過ごせるラウンジなど、広範囲にわたって多様な施設を拡充していった。
もう一つの大きなテーマ、「チーム/育成の強化」は、練習施設の改善と拡充で、育成に定評あるチームの強みを更に強化。チームを再び黄金時代へと導く若い選手を中心に、野球に専念できる環境、練習施設などを整備した。そして、メイン施設となる球場自体も大きな変容を遂げた。球場内の改修でも重要となったポイントは、「エンターテイメント性」だ。空間そのものや演出による表現で、会場の一体感をどう増幅させていくかが大きな課題として挙げられていた。
感情を後押しして増幅させる演出の追求
球場内のエンターテイメント性を高めるには、人間の感情を動かす必要がある。改修後のメットライフドームでは、野球観戦という非日常体験を最大限に演出し、お客さまの感情が起伏するポイントで、いかに楽しみや興奮を増幅させるのか、自然に盛り上がるように背中をそっと押すような演出を実現できるのかを追求した。
まず、課題として挙がったのはメインビジョンの演出だった。従来の電光掲示板は横長のレイアウトの影響で、選手情報やリプレー映像などの迫力ある映像表現が難しかった。重ねて、音響機器は横長ビジョンの左右に設置され、この機器でドーム内全ての音響をカバーしていたのだ。そのため、場所による音圧や音量の違いや、音が遅れてやってくる現象が発生していた。この球場全体に影響する課題を含めた演出面の体験価値向上に貢献したのが、パナソニック株式会社(以下、パナソニック)の映像、音響、照明に関連するソリューションだ。
メインビジョンは、従来の約2倍の面積でダイナミックな演出の実現を可能にした。そして、外野席からも見える位置や、スタジアム外の広場にも大型サブビジョンを新設。さらに球場内の通路や、売店、プレミアムラウンジ、そしてスタジアム周辺施設にも、サイネージというモニターを設置した。このサイネージは、ホームランやスターティングメンバー発表時など、試合に重要となるポイントで全画面が切り替わり、同一映像を表示してお客さまを引き込む演出を行う。座席で観戦する人はもちろん、スタジアム内外のさまざまな場所にいる方も含めた、エリア全体で一体となれる仕掛けなのだ。音響に関しても、改修前は6台だったスピーカーをスタジアム内外に増設し、計223台とした。これにより場所による音のかたよりが大幅に改善され、球場内外のどこにいても、試合のリアルな空気感を味わえる。
これらの演出に、更にエンターテイメント性を高める要素として重要な役割を担うのが、照明の演出効果だ。例えば、ヒーローインタビュー時には、場内の照明が暗転し選手が立つポイントだけライトが照らされる。ホームランを打った後、ベースを回る選手に沿って照明が動く。埼玉西武ライオンズが勝ったときは、場内を暗くし、バックネット裏の客席通路にライトを照らし、そこを選手が歩く“ビクトリーロード”という演出が挙げられる。(2021年は、コロナの影響でビクトリーロードの演出は休止中)
一見普通の演出だと感じるかもしれないが、球場の照明は水銀灯が主流だったため、手軽に消灯や点灯が行えなかった。従来の球場では難しかった演出を可能にしたのが、LED投光器への変更と、パナソニックのさまざまな技術の組み合わせだ。エンターテイメント性を高めるための照明コントロールは、感動や熱狂シーンの後ろ盾の役割を果たすのだ。
演出だけではない照明の効果
メットライフドームの照明演出で重要なポイントになっている技術の一つに、DMX制御の進化がある。DMXとは、これまで劇場などで用いられてきた調光制御方式で、従来、演出を行う場合は競技用照明とは別に演出用照明を設置する必要があった。しかし、DMXの技術を活用することで、調光の調節が瞬時にできるようになったため、競技と演出に兼用しての活用が可能となったのだ。
更に、投光器の制御はある程度まとまったゾーンにしか行なえなかったが、DMXの技術では投光器一台ごとの制御が可能になった。この技術によって、球場内に光のウェーブを演出したり、ランダムに点灯させることも容易に行える。場面や競技ごとに対応する照明演出をワンタッチで実現できるシステムは、運用の手間も大幅に削減されるだろう。そして、LED投光器への切り替えは省エネ効果も非常に大きい。メットライフドームは今回の改修で、投光器を以前の648台から548台へと15%削減。そして、また水銀灯からLEDへ変更されたことで、年間電力費は約60%削減されている。
メットライフドームの改修完了後の、2021シーズンに訪れた来場者からは、音響の良さや、メインビジョンやサイネーションでの演出に好意的な声が多数寄せられた。試合開催時には、最大で約3万人 のお客さまが来場する。野球観戦という非日常の体験をする同一目的による一体感は元々あるが、それをどのように盛り上げるかは、選手のプレーだけではなく、ドームやスタジアム自体の在り方にも関係してくるだろう。
ドーム外に新設された施設では、試合に飽きた子供が遊具で遊ぶシーンも多く発生している。しかし、子供に寄り添う親は、エリア内の演出のおかげで試合から受ける熱狂が途切れず楽しめている。そして、その場にいる人同士で、楽しみや興奮を分かち合う輪も出来上がっている。今後は、このような感情の糸をつなぐ「エンゲージメントの持続性」も、重要なキーワードのひとつとなるのだろう。エンターテイメント性の追求は、人々の感情や経験へ新たな価値を創造していくのだ。
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