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トルコで行われたウイグル弾圧の抗議デモ(2020年10月1日、写真:AP/アフロ)

(文:阿古智子)

「国土」や「国民」は自然発生的に生み出されるのではなく、為政者が創り出すストーリーに基づいて形成される。

 中国政府が盛んに主張する「中華民族」も例にもれず、「中国は多民族だが古代より連綿として引き継がれる《中華民族》という一体的な民族=国民観念を有する」という政府の説明や、歴代王朝と現代の国民国家を同一視する態度には、現政権の意図が明らかに反映されている。

 少数民族自治区や香港、マカオ、台湾を含む「中国」という国土において、「中華民族」が団結して国家建設に励むことこそが、中国共産党政権が理想とする姿だ。

 そうした理想像を念頭に行われているマイノリティへの人権侵害や差別の多くが、中国政府のみならず、少なからぬ中国の人々にも「正当な行為」と認識されていることに、我々は注意を払う必要がある。人権や民主主義、自由、平和、他者への尊重など、人間が人間らしく生きるために重要な概念や、基本的な価値意識に関して、中国共産党は独自の論理を展開し、日本を含む民主主義国と、それらを共有できない状況が一層顕著になっているからだ。

 そのため、言論・思想に対する統制、官製メディアやイデオロギー教育を通じたプロパガンダが徹底的に行われ、中国共産党の論理は中国社会に浸透し、活動家や弁護士、宗教リーダー、リベラル知識人、市民活動や知的活動を支援する実業家など、本来、社会変革に重要な役割を果たすべき人物が弾圧の対象となり、AI(人工知能)やビッグデータを駆使した監視の強化によって、恐怖政治が進行している。

 そんな中、国民は恐怖を前に、互いに疑心暗鬼になり、牽制し合い、不利益を被ったり、疑いを持たれたりしないように、自らの立ち位置を調整することが当たり前になっていくのである。

 国際社会において激しい批判を受けているにもかかわらず、中国国内では「正当な行為」として進行している深刻な人権侵害の一例が、ウイグル族への弾圧だ。

 そして後述するが、実はこの弾圧に、我々日本人も関わっていることをご存じだろうか。

形骸化する民族区域自治政策

 ウイグル族に対する弾圧の実態を分析する前に、中国の国家建設・国民統合における民族政策の位置づけを簡単に見ておきたい。

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