「預金なら安心」って本当なの? 「元本保証」って、実際に何を保障してくれるの? 実は、現金にもリスクが潜んでいるのです。本連載ではそんな「現金のリスク」を切り口に、お金のほんとうの価値を守るための資産運用について考えていきます。第2回のテーマは「物価上昇」。年2%のインフレ率が実現した世界におけるリスクとは?
日銀の見果てぬ夢……日本銀行の目標とは
前稿では預金のリスクとして「預金の利息では物価の変動には勝てない」という趣旨のことを述べました。そこで、本稿は「預金のリスク」について、もう少し突っ込んで考えてみたいと思います。
日本銀行は、消費者物価の上昇率(インフレ率)を年2%とする「物価安定の目標」を掲げ、目標の実現に向けた金融政策を行っています。
2%の「物価安定の目標」
日本銀行法では、日本銀行の金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としています。
~中略~
日本銀行は、2013年1月に、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、これをできるだけ早期に実現するという約束をしています。
長短金利操作付き量的・質的金融緩和
~前略~
その手段としては、2016年1月のマイナス金利導入以降の経験により、日本銀行当座預金へのマイナス金利適用と長期国債の買入れの組み合わせが有効であることが明らかになりました。
要するに、日本銀行は「毎年、物価が安定的に2%ずつUPするまでは、マイナス金利を続ける」という宣言をしているのです。
ですが、日銀の黒田東彦総裁が金融緩和政策を始めてから6年を過ぎた今でも、その目標は達せられる気配すら感じられないのは、メディアなどにて既報の通りです。「物価安定の目標」は、現時点では「見果てぬ夢」というべき遠い目標になってしまいました。
では、その「見果てぬ夢」が万が一にでも実現したら、私たちの預金はどのようになるのでしょうか?
本当は恐い日銀の夢
【図表1】物価上昇によるお金の価値の変化(終価係数で計算)
日銀の夢、すなわち「毎年2%ずつ物価が上昇する」という日本銀行の目標が実現した場合に、お金や品物の価値がどのように変化するかを示したのが図表1です。
(以下、ここでは消費税を課税する前の、いわば本体価格のみのお話とご理解ください)
仮に、現在100万円の値札が付いている品物があったとしましょう。あるいは、旅行などのカタチのないサービスでも構いません。
頭の中で、思い描いていただけますでしょうか?
その品物やサービスの価値や内容が、5年経っても変わらなかったとします。
本来ならあり得ないことかもしれませんが、とにかく、ここでは想像なさってみてください。
いかがでしょうか? 図表1の赤い太字で書かれた数字にお気付きいただけますでしょうか?
100万円だった品物やサービスが、5年後には1,104,081円を支払わないと買うことができないのです。価値や内容が変わらないのに、10万円以上多く支払わらなければならないのです。
一方、定期預金の方はいかがでしょうか?
現在、多くの金融機関の定期預金の金利は0.01%だと思われますが、この利率から、さらに所得税・復興特別所得税・住民税の源泉税が差し引かれますので、定期預金の実質的な金利は0.0079685%ということになります。
もし、定期預金の金利が現在と変わらぬまま、将来も推移した場合、5年後の元利合計金額は、図表1の黒い太字で示した1,000,398円になります。5年間で増えるお金はわずか398円です。
もし、日銀の「見果てぬ夢」が万が一にも達せられたのなら。
「毎年、2%ずつ物価がUPする」。大切なお金をすべて預金に置いたままで、果たして我慢を続けることができるのでしょうか? 「日々の暮らしの質」をどうするのか、真剣に考えなくてはならないかもしれません。
日銀の見果てぬ夢。その達成にあわせて、日銀がマイナス金利政策を止め、定期預金の金利が以前のようにもっと高率になれば、少なくとも物価上昇率以上の金利になれば、と筆者は願うばかりです。筆者の願いが叶うような時代が訪れるのであれば、以後、筆者の原稿はお読みいただかなくても良いと思いますが。
日銀が物価の上昇を目指す本当の狙いは?
ところで日銀の「見果てぬ夢」、すなわち日本銀行の目標の本当の狙いは何なのでしょうか? 以下、筆者の憶測にて申し上げます。
図表2に、今年5月9日に発行された「第354回10年利付国債」のお金の流れをまとめてみました(この国債は、私たちが銀行などで買うことのできる個人向け国債とは異なる、金融機関や年金基金などのプロ向けの国債です)。
【図表2】国債を買ってから満期になるまでのお金の流れ
2019年5月9日の国債の価格 | 101円59銭 |
---|---|
(保有している間) | 利息は年0.1% |
10年後に満期を迎える | 額面100円が返ってくる |
最近では「国債はマイナス金利」と言われています。実際に2019年10月1日時点の日本国債は、満期が1カ月の短期から10年の長期にわたって、利回りはことごとくマイナスとなっています(15年以上の超長期はプラス金利です)。
ただし、図表2の10年利付国債を買った場合、マイナス金利だからといって「国債を買った人が(国債を発行した人に)利息を払う」というわけではなく、一応、利息は「国債を買った人が(国債を発行した人から)0.1%の利息をもらえる」ことになっています。
では、なぜこれがマイナス金利になってしまっているのでしょうか?
国債を買った時の価格(=発行価格)101円59銭よりも、満期(償還)時に戻ってくる金額(額面)100円の方が低いからです。そして、そのマイナス分を利息(0.1%)で補うことができないからです。実際に計算してみると、この国債を発行から償還(満期)まで持っていた場合の利回り(利息+1年当たりの償還差損)は、▲0.058%となります。これが、いわゆるマイナス金利です。
ここで日銀の「見果てぬ夢」のお話です。日銀の夢と国債とは、どのような関係があるのでしょうか?
先述の通り、日本の国債は満期時には「国債を買ってくれた人に対して、額面100円当たり100円でお返しする」約束になっています。10年国債なら、10年後のお約束ですね。
勘の鋭い読者なら、もうお気付きだと思います。図表3をご覧ください。
【図表3】日銀の目標=物価の2%上昇が実現した場合の国債の実質的な価値の推移(現価係数で計算)
額面 | 2%上昇 | |
---|---|---|
現在 | 1,000,000 | 1,000,000 |
5年後 | 1,000,000 | 905,731 |
10年後 | 1,000,000 | 820,348 |
15年後 | 1,000,000 | 743,015 |
20年後 | 1,000,000 | 672,971 |
図表1と合わせて、日本国債の現在の額面価値を100万円としてみました。
額面価値が100万円の場合、10年経とうが、20年経とうが、額面価値は100万円のままです。額面ですからね。
問題なのは、実質的な価値の方です。額面価値(ここでは100万円)から、「日銀の見果てぬ夢」の分、すなわち「毎年、物価が2%ずつUPする」分を差し引くこと、実質的な価値を求めることができます。
国債の10年後の実質的な価値は、いかがでしょうか?
図表3の赤い太字で示したとおり、820,348円になります。つまり、10年満期の国債の場合、国債を保有する方に10年後に現金で返すのは(額面が100万円なので)100万円のままで変わりないのですが、実質的には18万円ほどディスカウントして返せば良いことになります。
読者の中で、素朴な疑問を描いていらっしゃる方、いますよね。
満期を迎えた国債をお持ちの方に現金で返す、その現金を返してくれるのは、どなたでしたっけ?
100万円の国債の価値が実質的に18万円ほど安くなったときに、その18万円分を返さずに済んで得をするのは?
はい、日本政府でしたね。
以上、ここまでが筆者の憶測でした。
それでもインフレは起こると思う
ところで、タンス預金に励んでいらっしゃる読者の方。
現金をタンスに寝かせておくと、額面は変わらなくとも、買い物できる範囲が狭まってしまうことに、お気付きいただけましたでしょうか?
「それでも預金で十分」と思われるでしょうか?
その考え方も、一理あると思います。
それもそのはず、繰り返しになりますが、毎年物価を2%UPさせるのは「日銀の見果てぬ夢」であって、とても実現しそうにありませんから。
実は、筆者は日銀の「見果てぬ夢」に関わらず、「物価UP」が起こると思っています。
むしろ、「2%程度の物価のUPで済むのかな?」とさえ思うこともあります。
「その根拠は、どこに?」と突っ込んで下さった読者の皆さま。
はい、次回は「日銀の見果てぬ夢」とは全く関係なく、将来起きるであろう物価の上昇について考えてみたいと思います。