郵便局等は「貯金」、銀行は「預金」

渋澤 健
渋澤 健
コモンズ投信 取締役会長

 欲しいものがあるけど手元のお金が足らない。だったら、少しずつコツコツとお金を貯める。これは、子どもでもわかること。今回のミニ・シリーズで紹介する4つのお金の使い方の二つ目である「貯金」です。

 まず、ちょっと豆知識。正確に言うと銀行では「貯金」が出来ないということご存知でしたか? 「貯金」とは「お金を貯める」ことです。ただ、法律上、貯金を受け付けているのは郵便局(ゆうちょ銀行)、農協(JA)、漁協(JF)であり、私たちは銀行へ「貯金」ではなく、お金を預けて「預金」をしています。英語で言えばSavings(貯金)とDeposit(預金)ですが、この違いが生じた理由は、はっきりとわかっていないようです。もしかすると銀行と郵便貯金が設立された由来が関係あるのかもしれません。

 渋沢栄一が日本初の銀行である第一国立銀行を創業した1873年の二年後に、前島密が郵便貯金を設立しました。二人は民部省(大蔵省・財務省の前身)で新しい明治時代の近代国家への発展に必要な様多くの制度改革を図った同僚でした。ただ、第一国立銀行は民間出資で創業された会社でしたが、郵便貯金は国の制度として設けられました。そういう意味で、経済成長のための資金調達を促す私的機関が「預金」を扱い、国民の貯蓄を促す公的機関が「貯金」を扱うということかもしれません。

 今の日本では考えられないことですが、当時では貯蓄は日本人の文化や慣習にそぐわないといわれていたようで、それが貧困の原因になっていると前島密は考えたようです。渋沢栄一も「当てにならぬことを当てにし、将来の為に準備する念が誠に少なかった」と嘆いていました。

金利が実質マイナスでも、預貯金を貯め続ける日本人

 さて、本題です。お金には前回ご紹介した「交換」、「尺度」に加え、「保全」という三つの機能があります。明治初期以前の日本人はお金を貯金して将来価値を「保全」するという概念が乏しかったようですが、昭和、平成、そして、現在の令和時代の日本人が「貯金しなさい」と親から教わってきた理由は、見えない未来のために蓄える保全です。

 また、前回ご説明したように、デフレの時はお金の価値はモノやサービスと比べて相対的に高まりますが、逆にインフレになるとお金の価値は相対的に減ります。だから、お金の将来価値の保全には、「金利」が必要になるのです。「貯金」だとチャリンチャリンと貯金箱にお金を貯めている感じがするので、金利の意識がそれほど高くないかもしれません。しかし、「預金」は金を他人(銀行)に預けている行為です。預けている期間中にお金の価値が下がるのであれば、その相当分を「金利」で補ってほしいという意向は普通のことだと思います。

 デフレのときは、お金を預けて放りっぱなしでも、「金利」があまりもらえなくても気にならないかもしれません。相対的にお金の価値が高まっているからです。でも、金利が下がり続けるのであれば、どこかに限界線があって、お金を預けたままでは「損」になると合理的に考えて、そのお金を預金から他の使い方へと転換するはずです。

 これが古典的な金融政策の狙いです。金利が下げれば下がるほどお金の貸し手はより高い収益機会を求め、借り手はお金を借りやすくなる。お金は動き始め、経済が活性化されます。でも、金利がほぼ0%になっても、日本人のお金は預貯金で溜まり続け、期待されていたような経済成長の大きな原動力にはなりませんでした。また、名目金利が0%の状態においては、デフレから現状のように若干でも物価が上昇すれば、下がっているお金の価値を金利で補うことができないのですね。このように金利が実質的にマイナスであっても、多くの日本人は将来への不安を抱き、お金を他に使うことをためらいました。

 ならば、古典的な金融政策に留まらず異次元な金融政策へと舵を切る、と日本の経済社会のお金の番人である日本銀行の黒田東彦総裁は2013年に発表しました。日本国債、ETF(上場投資信託)、J-REIT(不動産投資信託)を日本銀行が買い増すことによって、購入代金(お金)を経済社会へと供給するという奇策です。日本政府(日本銀行)がお金を供給するということは、経済社会にお金がジャボジャボと巡り渡って豊かさが増すというイメージがあるかもしれません。でも、実際のところ、お金の量が増えるということは、日本人が保全目的で保有しているお金の価値を政府が意図的に下げていることになります。