ベンツが「Aクラスセダン」のなぜ
メルセデス・ベンツの最小セダンと聞くと、1980年代後半に日本でも大人気となった『190E』を思い浮かべるかもしれない。40〜50代ならなおさらだろう。「小ベンツ」とも呼ばれ、バブル期に繁華街などでよく見かけたコンパクトセダンだ。
この『190E』を祖とするメルセデス最小セダンが現在の『Cクラス』だった。
「だった」と書いたのは、昨年、メルセデス・ベンツのエントリーモデルとなる『Aクラス』に新型セダンの『Aクラス セダン』が登場し、今年7月22日から日本での予約受注を開始したからだ。『Aクラス』はブランドのボトムレンジにあたるので、『Cクラス』よりもボディサイズが小さい。
これまで『Aクラス』には、若者に人気の5ドアハッチバックモデルしかなかった。
しかし、なぜ今『Aクラス セダン』なのか。
かつてクルマの王道だったセダンではあるが、近年は利便性が高いSUVやミニバンの人気に押されて国内市場では低迷が続いている。タクシーでさえ、セダンタイプからハイトールのワゴンタイプへと主流が移りつつあるくらいだ。
メルセデス・ベンツはそのセダンをブランドの入門機となる『Aクラス』に追加した。そこには戦略や狙いがあるはずだ。
バブル期の名車「190E」の後継
それを説明する前に、『Aクラス セダン』がどういうクルマなのかを見ておこう。
このコンパクトセダンの特徴は「前輪駆動のセダン」ということだ。
もともとメルセデス・ベンツは後輪駆動モデルを中心としたプレミアムブランドだ。ラインナップに初めて前輪駆動が登場したのは1997年。コンパクトハッチバックの初代『Aクラス』に採用されたのが始まりである。
その後、同じくハッチバックの『Bクラス』、 4ドアクーペの『CLAクラス』、SUVの『GLAクラス』などにも前輪駆動が採用され、モデル数を拡大。2018年2月に発表された4代目『Aクラス』も前輪駆動だ。
そのため、『Aクラス』をベースとする『Aクラス セダン』も前輪駆動となるのだが、それは同時に、前輪駆動を採用したメルセデス・ベンツ初のセダンでもあるということだ。そして、セダンでありながら前輪駆動モデルという点は、このクルマの大きなアドバンテージともなっている。
フォーマルカーのセダンは後席の快適さが売りのひとつだ。しかし、後輪駆動モデルは動力を後輪に伝えるためのさまざまなパーツ類をリア周りに配置する必要があるので、後部座席や収納スペースを広く取れない。室内空間を広くしようとすると、どうしても車両の大型化が避けられないのだ。
『Cクラス』が年を追うごとに大型化していき、もはやコンパクトセダンと呼べるクルマではなくなった背景には、そういった事情もあると推測できる。
その点、『Aクラス セダン』は前輪駆動なので、広い後席スペースを実現することが可能となる。事実、『Aクラス セダン』の室内空間は『Cクラス』と同等レベル。それでいて、ボディサイズは全長4549mm×全幅1796mm×全高1451mmと、ハッチバックの『Aクラス』より全長が約10cm長い程度だ。
ちなみに、『Cクラス』のボディサイズは全長4690mm×全幅1810mm×全高 1445mmとなっている。サイズ感でいえば、『190E』の後継モデルは、むしろ『Aクラス セダン』というべきだろう。
狙いは世界最大の自動車市場・中国
とはいえ、世界的にセダンの販売が低調であることに変わりはない。ここで本題、なぜ『Aクラス セダン』を市場に投入したのかだ。
その理由のひとつはメルセデス・ベンツのファン層を拡大することにある。メルセデス・ベンツというブランドは、これまでコンパクトモデル群で新たな顧客を創り出してきた。ところが、近年のセダンの大型化によって、「コンパクトセダンという選択肢」がユーザーから失われていた。そこで、コンパクトでありながらセダンの利点を併せ持つ新型車を投入することで、多様なニーズに対応し、若者以外の幅広い層にアピールしようというわけだ。
しかし、最大の狙いはズバリ、中国市場にある。
日本や欧州ではコンパクトカー=ハッチバックのイメージが強いが、北米などではコンパクトセダンのニーズが依然高い。とりわけ中国では、走行安定性や静粛性、さらに安全面で優位なセダンが人気となっている。
ようはセダンを所有することが一種のステータスなのだ。
そのため、メルセデス・ベンツのライバルであるBMWやアウディは、いずれもブランド最小セダンとなる『1シリーズ セダン』『A3セダン』を中国市場で展開している。
経済成長が鈍化しているとはいえ、中国は新車販売台数が2800万台超という世界最大の自動車市場だ。メルセデス・ベンツがBMWやアウディに対抗して中国市場にコンパクトセダンを投入するのは当然なのである。
いずれにせよ、『Aクラス セダン』が本当に『190E』の再来となるなら、中国だけではなく、日本の街なかで目にする機会も今後増えるはずだ。価格はグレードによって異なり、344万円から476万円となっている(税込み)。