なぜ米側は会談中断を主導したのか?
今回の会談中断後の米朝双方の主張から見れば、全般的には、米側が主導して交渉条件を吊り上げ、決裂に導いた可能性が高いと判断される。
では、なぜ米国は第1回の合意内容から、交渉条件を吊り上げたのであろうか。
しかも、それでいてなぜ協議打ち切りとは言わず、トランプ大統領自らも、ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)も、成功だったと、その成果を強調するのであろうか。
そのヒントは、北朝鮮側の反応にある。
北朝鮮側の今回の会談にかける期待は、高かったとみられる。国内向けにも大きく報道されていた。
事前の実務者レベル協議で合意には至らず会談の難航は予想されていたとは言え、北朝鮮側としては会談中断のショックは大きかったとみられる。
会談中断後の対応を見ても、金正恩委員長の表情は硬く、トランプ大統領との最後の握手もなおざりであった。真夜中の記者会見での、実務担当者だった崔(チェ)外務次官の表情も冴えなかった。
真夜中の会見で崔事務次官が、金正恩委員長は「交渉への意欲を少し失ったのではないかと感じた」(『The Sankei News』2019年3月1日)と最高指導者の心境を忖度するような発言をしたのも異様であった。
米側の主張への反論は、金正恩委員長自身の命令によるものであり、交渉への期待度が低下したとの金正恩委員長自身の警告を示唆したものと言えよう。
会談後の北朝鮮メディアの報道内容でも、ベトナムへの公式親善訪問が強調された。
米朝首脳会談については「成功裏」に終わったとしたものの、成果の具体的な内容はもちろん、会談で合意に至らなかったことに関することにも言及はなかった(『ロイター』2019年3月4日)。
しかし、北朝鮮の報道にトランプ大統領への直接の非難の言葉はなく、3月7日までは、米朝首脳会談に関する報道はほとんどなく、「失敗」や「決裂」を示唆する報道は極力抑えられていた。
むしろ米国内の民主党などが主導した元弁護士マイケル・コーエン被告の米議会における、トランプ大統領に対する、大統領選でのロシアとの共謀疑惑証言など、トランプ大統領の外交指導力を制約する動きに不快感を示している。
このような北朝鮮側の報道ぶりから、今回の決裂の背景要因が米朝首脳間の問題ではなく、主に米側の事情によるものであることが浮かび上がってくる。
すなわち、トランプ大統領にとっては、国内でのスキャンダル暴露による政治的な打撃を憂慮して、会談どころではなくなり、わざと交渉条件を吊り上げて、決裂させたのだという見方である。
次期大統領選挙をにらんだ場合、今回過度に譲歩すると、人権を重視する民主党やメディアからの、北朝鮮に対して融和的すぎるとの批判が高まり、一部の保守層の支持も離れるかもしれない。
ここは一度強硬に出てわざと北朝鮮をじらせ、さらに経済制裁を強化して北朝鮮を弱らせ、大統領選挙前に北朝鮮と劇的和解を演出する。
その勢いを駆って外交成果の一つとして喧伝し、大統領選挙を有利にするとの、政治的思惑から出た行動との見方もできよう。