メガバンクにも引けを取らない90兆円を超える総資産を有している農林中央金庫。系統組織であるJA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)を束ね、日本の農林水産業の発展に寄与する目的で存在する金融機関だ。
一方で、系統組織から預かった資金を運用する巨大な機関投資家としての側面もある。どのように投資業務を展開しているのか、プロジェクトファイナンス部長の今井成人さんに話を聞いた。
――農林中央金庫における市場部門の役割を聞かせてください。
今井 JAなどの系統組織へ安定的に収益を還元することは、農林中央金庫の重大なミッションです。農林中央金庫の運用を大別すると貸付と投資があります。貸付は一般法人や、農林水産業者、系統団体に向けたものが中心です。投資は債券や株式、クレジット、オルタナティブ等のさまざまな対象への分散投資です。そうした投資を執行するのが市場部門の役割であり、市場部門での運用残高は60兆円を超えています。
我々は日本国内での業務を中心とする昔ながらの金融機関との印象を持たれる方もおられると思いますが、投資の7割以上は海外向けとなっています。今後を見据えても、安定した運用ポートフォリオを築くには国内回帰はあり得ません。むしろ、よりよい投資機会を世界中から見出す視点が不可欠です。
今井成人さん
――市場部門は、どのような組織形態になっているのでしょうか。
今井 運用対象に応じて大きく4つに分かれています。すべてあわせても200名程度の陣容ですから、運用する資金額の割には小規模な組織です。具体的には国債などを扱う債券投資部、上場株を扱う株式投資部、資金取引を担う資金為替部と、クレジット投資など上記の3つの部のいずれにも属さない多様な投資を担当する部門があります。後者は最近まで開発投資部という部で、私もそこに長く所属していたのですが、2015年7月の組織変更で、オルタナティブ投資部とクレジット投資部、プロジェクトファイナンス部の3つに細分化されました。オルタナティブ投資部はプライベートエクイティやヘッジファンドなど非上場の株式、クレジット投資部は投資適格社債や証券化商品が主な運用対象。私が所属するプロジェクトファイナンス部はプロジェクトファイナンスと航空機ファイナンスなどが分掌です。
開発投資部そのものも比較的新しい部署だったのですが、9割以上の案件が海外向けの投資であり、内容も多岐に渡りました。オルタナティブ、クレジット、プロジェクトファイナンスのいずれの投資分野も、世界に目を転じれば、世界的に名だたるプレーヤーが顔を揃える大きなマーケットとなっています。農林中央金庫でもこれらの分野での運用額が15兆円を越え、人員も100名を越えるなか、もはや一部署で扱う規模ではないと判断されたのが今回の組織変更の経緯です。
――今井さんの現状の担当業務を聞かせてください。
今井 プロジェクトファイナンス部に所属しています。この部が担当する領域は広く、世界中のエネルギー関連プロジェクト、水道、学校、鉄道、道路、病院、空港や送電線網などのインフラ投資に加え、航空機、船舶ファイナンスなどの諸領域を一手に担当しています。世界の金融機関に加え、事業主体とのお付き合いも多く、外国の政府機関や運輸会社、エネルギーであれば開発・運営事業者や商社というように、さまざまな方と話をする機会が多いのも特徴です。月1回以上のペースで頻繁に海外に出向いている日々です。
農林中央金庫がユニークなのは、オルタナティブやクレジット投資を含め、意見交換がシームレスにできる点です。扱っているプロダクトは一見ばらばらですが、デット(負債)なのかキャピタル(資本)なのか視点を変えると新たな評価が見えるといった面もあります。小粒で機動的な組織だからこそできるのだと思います。
――メガバンクなど他の金融機関と農林中央金庫で、際立った違いはありますか。
今井 投資業務においては、農林中央金庫の潤沢な資金量もさることながら、その資金の性格も他とは異なります。系統組織からの非常に安定性の高い資金を基盤としているため、景気サイクルに左右されない長期投資が基本です。プロジェクトファイナンスの場合は特に、長くタッグを組める投資家が求められていますから、そうした要望に応えていける基盤があると思います。
メガバンクは各部門に何百人もの人材を抱え、組織も完成されている感があります。ある意味で羨ましいのですが、我々は市場部門全体でも約200名の少人数でやっている分、世の中が刻々と変化している状況においては、柔軟にアジャストしやすい強さがあると自負しています。みんなで相談してよいアイディアがあれば一致協力してやる、組織内での意思決定も非常にスピーディーです。
――市場部門において、より高いリターンを狙ううえで肝に銘じていることはありますか。
今井 お預かりしている大切な資金ですから、慎重に投資を行わなければなりません。ただし、これだけの規模の運用となると受け身で待っていては必ずしも最適な投資はできません。能動的に動いて投資機会を取り込んでいく気概が求められます。役員はもちろん、部長や現場のセクションヘッドまで外に出て、粘り強く意見交換を続けることが必要です。
ただし、分析は非常に重要です。投資を始める前段階では、いろんな人に嫌がられるくらいしっかり調査します。分析においては2つの視点を大切にしています。まず1つは、自分で納得いくまで確認するということです。もう1つは逆説的ですが、外部の知恵は極力活用することです。内外の英知をうまく融合させることにより、より良い判断が可能になり、また分析レベルを向上させていけると思います。
――リスク管理は、どのように対応しているのでしょうか。
今井 まずフロント部署でリスクをきっちり分析しており、この段階で投資候補案件がかなり絞り込まれます。フロント部署で厳選した投資案件について、審査部の視点からも案件単位で、また農林中央金庫全体でリスクを取り過ぎていないかという視点からもチェックをする多面的なリスク管理体制です。フロント部署は、できるだけたくさんの情報が入ってくるようにすることが非常に重要です。数が多くなければ優れた案件を探し当てることもできません。
――今井さんは他の金融機関で国際業務に携わったのち、農林中央金庫に中途で入ったそうですが、その経緯を聞かせてください。
今井 随分前の話になりますが、国際的な投資業務で自分のキャリアを積みたいと考えていた17年ほど前に、海外運用を拡大していく局面にあった農林中央金庫に活躍の機会を見出し転職しました。
外資系を含め他からも誘いの声はいただいたのですが、「農林水産業への貢献」という存在意義が明確で、投資の目的がはっきりしている点に惹かれました。その後、さまざまな世の中の動きを見てきましたが、自分の考えはそんなに外れていなかったなと感じています。
当時は海外留学を踏まえ、国際競争で日本が勝ちたいという思いを強く持っていました。決してナショナリズムではなく、健全な競争が日本のためにも世界のためにも必要だと考えていたのです。農林中央金庫ならそれが実現できると思いました。その思いはいまも、業務を通して追求しています。
――入庫後は、どのような投資業務に携わったのですか。
今井 クレジットオルタナティブ資産への投資に関する業務が長かったです。対象となる企業ひとつ取っても、誰もが知っている世界の業界トップ企業から、これから大きく羽ばたこうとする小さな事業体までさまざまです。
農林中央金庫の投資業務も、海外へ積極的に出ることが多くなりました。海外へ出るというのは、物理的なことだけではありません。知らないものは、自分から積極的に調べていき、自分たちの手でどこまでやれるか、もっと良い方法はないのかと自発的に考えることです。その前提としてグローバルな視点で可能性を広げないとダメだという思いがありました。調べて理解して挑戦するといったことをずっと繰り返してきた気がします。
――こんな方に農林中央金庫で活躍してほしいといった人物像はありますか。
今井 農林中央金庫には、良い挑戦はどんどんやろうという土壌があります。決まった仕事も大切ですが、今やっていないことでも提案し、フロンティアを広げていくような方に来ていただければ嬉しいですし、そういった方が活躍できる環境だと思います。良し悪しは別として、日本の金融機関には無意識のうちに定型化されている業務もあると思います。殻をぶち破りたいのであれば、農林中央金庫くらいの規模がやりやすいのではないでしょうか。明治維新の岩倉具視のように新しいことに挑戦する気概のある方にぜひ来てほしいと思います。
少数精鋭のため、業務に求められる水準は高く、理解力や忍耐力もいるでしょうし、ウェットな信頼関係を世界のキーマンと築いていくには、個々人の人間力が試されます。
私自身は農林中央金庫の仕事で退屈するようなことはありませんでした。仲間に恵まれて風通しの良い組織にいたことで、自分たちの仕事のレベルを立ち止まることなく上げ続けられたのだと思います。
≪編集後記≫
健全な国際競争で日本企業として勝ちたい――。今井さんの仕事への取り組みを象徴するフレーズだ。勝つためにどうすればよいか。その最善のキャリアプランとして、農林中央金庫を選んだ姿が重なる。プロジェクトファイナンス部長として海外で事業者と話す機会が多い。最近では「農業」をテーマとしたジョイントベンチャーも話題として多く上る。市場部門以外のスタッフから相談を受けることも増えているという。さまざまなフィールドで日本が勝つための挑戦が繰り広げられている様子が想像できる。
経歴:
●H11.7 開発投資部 (クレジットオルタナティブ投資)
●H11.12 ロンドン支店 (非日系法人融資)
●H15.7 開発投資部 (H17.7~部長代理)
(クレジットオルタナティブ投資)
●H22.7 企画管理部 部長代理(H24.7~副部長)
(財務運営等)
●H25.7 本社付 (経営職層育成留学プログラム)
●H26.7 開発投資部 副部長 (クレジットオルタナティブ投資)
●H27.7 プロジェクトファイナンス部長
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