2013年11月、農林中央金庫開発投資部の篠崎英臣の姿は、米ニューヨークにあった。
当地の資産運用会社に足を運び、ファンドマネジャーと面談するためだ。市場環境のほか、企業の財務、業績に対する見方を直接確認することが目的だ。実質3日間の滞在で、10社程度の担当者と面談したが、そこで得た印象は、「日本で見ていても、実状はつかみきれない」。今日では、メール、インターネット、電話会議を使えば、ほぼ時差なしで現地と同じ情報を手に入れることができる。
しかし、とかく生き物のようだと形容される市場や企業のリアルな姿を的確に理解するには、そこにコミットする人々の息遣いまで間近に感じることが重要だと、篠崎は考えている。
当然、出張を繰り返すことになる。当初こそ、家族に土産を持ち帰ったものだが、最近はそうしたこともなくなったという。「海外出張も日常の延長のようなものですから」と、篠崎は苦笑まじりだ。
今回のニューヨーク出張では、篠崎が注目するある企業への投資方針を、運用会社に確認する狙いもあった。成長性が期待できる業界ながら、企業としての戦略に不透明さを感じていたのだ。篠崎の疑念に対し、運用会社側は担当アナリストを同席させ、投資先企業の成長性や財務戦略を熱心に説いた。
ところが、篠崎の心は晴れない。
「やはり、企業側から直接情報を得たい」と感じた篠崎は運用会社に仲介を依頼して、投資先企業を訪問した。投資先企業ではCFO自ら、篠崎を迎えてくれた。生の声で会社の将来像やその実現に向けた財務戦略を聞けたうえに、疑問にも納得のいく回答が多かった。成果を得て、篠崎は意気揚々と帰国の途に就くことができた。
財務分析を主体とした企業分析に加え、市場参加者の意見や企業自らが発するメッセージに耳を傾けることが重要だと再確認する出張となった。
クレジット投資班
調査役 篠崎英臣氏
金融危機を経て運用姿勢に変化
篠崎が担当するのは、クレジット投資と呼ばれる分野だ。農林中金は運用資金を、主に米国企業が発行する債券やローンなどへ投資を行っており、投資の対象となる企業や業界に対する分析を中心に、運用会社やファンドマネジャーの選定、運用開始後のファンドモニタリングなどが篠崎たちの仕事となる。
「リーマン・ショックとそれに続く金融危機は、当金庫にとって大きな教訓です」と、篠崎は明かす。
100年に1度とも言われた未曾有の事態に、農林中金自身も深刻な状況に直面したという。その轍を二度と踏むことがないよう、「理解できないものには投資をしない」という投資の原点に立ち返りつつ、新たな投資コンセプトを見出してきた。具体的には、金融市場全体の動きをつぶさに把握する一方、投資先企業については、自らが行った業界、財務分析に基づき運用会社と意見交換した上で投資を行っている。
当たり前のことであるが、企業1社1社の中身は異なる。それらを理解したうえで、運用会社とは、単に資金運用を委託する相手としてではなく、「投資パートナー」として日々対峙しているのだ。企業の業績については、部内の個社レビュー会議で報告される。部長以下、複数の目を介し、財務数値に変化がないか、細かくチェックする。疑問点があれば、すぐに運用会社に質問を投げかける。
さらに、個別企業が置かれた外部環境を的確に把握するために、業界レビューも定期的に実施している。常に最新の企業情報、業界情報を掴み、不明な点は運用会社と対話してクリアにする。この繰り返しにより、ポートフォリオの質が維持されるのだ。
篠崎には、業界レビューに強い思い入れがある。
かつて、石炭業界のレビューが部内で議論されたときのことだ。篠崎の考え以上に部内の業界見通しは慎重であり、篠崎は対応を迫られることになった。多面的な分析を行うために、投資銀行が発行するアナリストリポートにも幅広く目を通し、実際にリポートを書いたアナリストとも電話会議を実施し理解を深めたが、「ファンドマネジャーのスタンスを確認しなくては」と結論付けた篠崎は、数名のチームメンバーと共に渡米した。
ファンドマネジャーとの議論は予定を超えて数時間に及び、実りあるミーティングとなった。しかし、「ファンドマネジャーのスタンスはやや楽観的過ぎる」と、帰国後の部内ミーティングでそう結論付けた篠崎が次に打つ手を考え始めた矢先、ファンド運営リポートから件の社債銘柄が売却されたことを知った。
数日後、大手格付機関が石炭業界銘柄の格付を引き下げ、社債スプレッドが拡大して価格が急落した。マーケットの機先を制した充足感の一方で、自身の気付きを深めてくれたチームの大切さが篠崎の身に染みた出来事だった。
マーケットの変化には特別の感覚が働く
篠崎の1日は、マーケット情報のチェックから始まる。通勤時は電車の中で、前日の米国株や債券の動きを把握するという。今、特に気になるのは、やはり金利上昇のタイミングだ。長期的には支払金利負担の増加を招き、投資先の企業業績に影響を及ぼすからだ。
デスクに着くと、まずはメールをチェックする。
前日にファンドマネジャーなどに問い合わせていた回答を確認するとともに、農林中金の海外支店からの最新の情報を入手するためだ。マーケット情報と併せて検討し、チームや部内で共有すべき情報を精査していく。約80名の部員が参加する朝会の準備を兼ねた仕事だ。
「できることをしないで、知らないままでいた――そんなことにはならないよう、すべてのメンバーがアンテナを高くして変化を敏感に察知する。多くの目による情報のクロスチェックがとても重要です」
マーケットで何かが起きているときは、「何か特別な感覚が働く」と、篠崎は言う。そして、チームの意思疎通をよくすることが、組織としてのリスクへの感度を高めているのだという。
「メンバーの異動があっても、日常のフローが滞らないよう、役割を明確にしておくことが重要。プライベートをよく知っておくこともプラスになります」と、篠崎は明かす。例えば、篠崎が息子との遠出を楽しむために、最近、車を買い替えたことを、彼のチームメンバーなら誰もが知っている。夕刻のひと時、家族の話題や趣味の話などで盛り上がることもある。
いわゆる「よい会社」の条件に、「働く人同士で、家族や趣味のことを知っている」を挙げる識者は少なくない。そんな企業風土が、運用リスクの管理にもプラスに働いているようだ。
求めるのはプロ同士が忌憚なく意見交換できる関係
新たな資金を委託する運用会社の選定も、慎重に進める。まず、全体のポートフォリオのバランスの中で決定されたアセットクラスに通じた運用会社、ファンドマネジャーをリストアップする。次に、過去の運用成績を詳細に分析するとともに、運用委託先としての信頼性などのデューデリジェンス項目を精査。そのうえで、候補先を訪問して運用を託すことができるかを確認する。
「農林中金の堅実な投資スタイルに合っているか、長期的に委託することのできる、組織としての安定感を有しているかが、運用会社選択のカギ」という篠崎自身が重視するのは、ファンドマネジャーとお互いにプロフェッショナルとして忌憚なく意見交換できるかどうかだという。
オフィスを訪ねる際には、ファンドマネジャーだけでなくアナリストなど、様々な立場のメンバーと接する機会を設ける。会社全体の雰囲気を知り、より長く安定的にビジネスのパートナーとして信頼できる先を選ぶのである。
誇りと責任を胸に、ひたすら愚直に
篠崎がクレジット投資に携わるようになったのは、MBA取得のための留学を終えた後である。農林中金への就職後、法人融資を担当してきた。
総合商社とビジネスを重ねるうちに「世界を舞台に活躍するいろいろな人との出会いがあって、自分のキャリアとして海外というものを現実的に意識するようになりました」。英語は決して得意ではなく、社内選抜の準備に苦労したが、米サンダーバード大学院への留学を果たした。
「米国人学生はもとより各国からの留学生も多く、多様な価値観がぶつかり合う中で、自分の考えにも幾多の変化が生まれました」と語るように、収穫は小さくなかった。
ファンドへの投資は、従来の仕事とは異なるように思えるが「収益の源泉となる裏付資産は、企業への投資そのもの。培ってきた財務分析などのスキルが十分に活かせます。
また、ビジネスのカウンターパートとなるファンドマネジャーとの関わりも、突き詰めれば人間同士の関係づくり。お互いにリスペクトしつつ、率直に意見を交わすことのできる関係を築くことが大切です」と、胸を張る。
そんな篠崎がいつも心に留めているのが、「愚直」ということばだ。投資のプロとして慣れることはあっても慢心せず、手を抜かない。
「第1次産業を支える資金を扱う誇りと責任感を胸に、ひたすら愚直に運用を進めていきたいですね」
【プロフィール】
篠崎 英臣(しのざき ひでおみ) 36歳
所属:開発投資部 クレジット投資班
H12 入庫 名古屋支店 法人融資
H15 営業第七部 法人融資
H17 営業第二部 法人融資
H19 MBA留学 (米国サンダーバード大学院)
H21 開発投資部 クレジット投資
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