名前は知っているが、どんな金融機関なのか分からない――。農林水産業者や金融関係者でも、部分的には接することがあっても、全体像が掴みづらいとされる農林中央金庫。JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)の全国機関として、メガバンクに匹敵する90兆円を超す総資産を有している。
農林水産業や地域の発展に貢献する一方、有価証券等運用資産は59兆円にのぼり、各国の資産運用会社がこぞって相談に訪れるといわれる世界的な機関投資家としての側面も持つ。農林中央金庫(以下、農林中金)で異なる業務を担う2名のバンカーに、知られざる金融機関の果たす役割を聞いた。
第1部:日本の農林水産業に、どのように貢献しているのか?
-農林中金は、農林中央金庫法第一条に「金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与する」のが目的の1つと謳われています。農林水産業に対してどのようなサポートを進めているのですか。
豊島 融資や出資といった金融面に加えて、輸出や販路拡大、6次産業化をはじめとする非金融面のサポートにも力を入れています。貸出については、日本の農業関連融資額4兆円弱のうち、7割に相当する2.5兆円はJAバンク(JA、信農連、農林中金)が担っています。
部長代理 豊島氏(39歳)
【プロフィール】
2003/2 入庫(静岡支店 企業融資担当) 2004/5 営業第五部
2007/2 甲府事務所
2011/7 農林水産環境統括部
ここ数年、日本では農家の高齢化や後継者不足により生じる耕作放棄地を、地域の大規模農家や農業法人等が借り受け、規模拡大していくケースが増えています。個々の農家への融資は各JAが対応しますが、農業法人向けなど金額的に大きな融資は各県信農連(信用農業協同組合連合会)や農林中金が役割分担をしてカバーします。私が所属する農林水産環境統括部では、こうした貸出を含めた農林水産金融の機能強化に関する企画や進捗管理、部門統括を担います。
-農林水産金融の機能強化とは、具体的にどのようなものですか。
豊島 (1)担い手への支援(2)事業力強化支援(3)地域活性化支援――。大きく3つの柱で取り組んでいます。
例えば、(1)担い手への支援では技術力のある農業法人を対象に出資を行う「アグリシードファンド」を立ち上げ、125案件(2014年9月末)への出資が実現しています。出資により財務基盤を強化することで、規模拡大に伴う設備投資の負担や農業特有の天候不順、市況変動のリスクに備えることが可能となるため、大変好評です。このほかにもニーズにあわせた各種ファンドがあり、担い手を貸出と出資の両面で応援しています。
(2)事業力強化支援は、平たく言えば販路拡大や所得増大のお手伝いです。輸出サポートでは、アジア最大級の食の商談会である香港フードエキスポへの出展や輸出セミナーを開催し、取引先を海外バイヤーに紹介します。また、生産者が企業と連携し、加工、販売まで行う「6次産業化」については、生産者と二次・三次産業者とのビジネスマッチングや事業計画の策定支援、資金面を支援するファンドの立ち上げなど、多様なサポートを行っています。
(3)地域活性化支援では、地域の雇用創出や活性化に繋がる再生可能エネルギーの導入促進や、食農教育の応援として小学校への教材本139万冊の贈呈などを行っています。
-農林中金の業務内容は、どういった点で他の銀行と異なると感じますか。
豊島 とにかく業務の幅が広い。系統組織のサポートや貸出、市場運用、システムなど多岐に渡ります。甲府事務所での勤務では、JAや信農連の貯金・貸出部門の企画・実践から、リスク管理の高度化、不祥事防止のための事務指導まで、経営から各部門業務の全領域を一手にサポートすることが仕事でした。
営業第五部では、静岡地区の法人営業を担当していましたが、地域にはそれぞれ強みのある農林水産業があり、付随した産業があります。静岡県の焼津には、マグロ漁船など船舶専門のエンジンメーカーがあるくらいです。地元の産業を熟知しているからこそ、個々のビジネスマッチングにも広がりが生まれると思っています。
ー差し支えなければ、農林中金に入庫されたきっかけを教えてください。
豊島 大学時代に東京から北は稚内、南は鹿児島までバイクで日本一周の旅をして、地域の温かさに触れた経験が強く印象に残り、メガバンクでの法人融資の経験を生かした地域貢献ができればと思いました。中途だといじめられるかなと思ったのですが、肩透かしでした(笑)。温厚で自由に意見を交わす。こんな社風が自分に近しいのか、嫌な思いをしたことは一度もありません。
農林水産業は、地方の地域コミュニティーを維持する生命線でもあります。収益面だけではなく、農林水産業の発展や地域社会への貢献度を業務の重要な判断基準に据えている点が、農林中金での仕事の醍醐味であり、やりがいにつながっているのだと思います。
第2部:農林中金の法人営業は、他の銀行とどこが違う?
ー農林中金の「法人営業」が果たす役割を教えてください。
松本 農林中金には、JAなどの系統組織から預かった預金を運用して安定したリターンを返す大きな役割があります。この運用は、債券や株式、クレジット、オルタナティブ等への国際分散投資と一般法人や公共法人、農林水産業者、系統団体等への貸付等で行われています。特に、一般法人向け融資を「法人営業」と位置付けています。
【プロフィール】
1999/3 入庫(開発投資部 主事) 2000/6 ロンドン支店 支店長代理 2006/7 営業第一部 副部長
2009/7 開発投資部 副部長
2011/7 シンガポール支店長
2013/7 営業第二部長
2014/6 投融資企画部長
農林中金の法人営業は、一般的な商業銀行のそれとは、2つの側面で異なります。まずは、貸付の対象がグローバル展開をしている日本の大企業中心である点。もう1つは食や農林水産業、流通に関連したメイン先企業が多い点です。
ー法人営業の貸付における特徴を聞かせてください。
松本 1つはダイナミックな海外展開です。プロジェクトファイナンスやM&Aファイナンスから食農ビジネスの海外進出サポートまで幅広い業務を対象とします。日本の成長戦略として、農業ビジネスの海外進出への期待は高まっています。例えば、JAの食材をアジアのスーパーマーケットで販売したり、オーガニック野菜を作る技術そのものを輸出し、タイやマレーシアで生産する事例もあります。
もう1つは、農商工連携です。農林中金には、JAや全農をはじめ系統の膨大なネットワークと創立91年の歴史の中で築き上げた法人顧客ネットワークがあります。M&Aやアライアンスに留まらず、食と農を媒介にお客様をつないでいく志向は、他の銀行との大きな違いです。
ー農商工連携では、どのような事例があるのでしょう。
松本 電鉄会社の取り組みは象徴的です。沿線住民の株主や利用者が多い電鉄会社にとって、沿線地域の魅力向上は共通の経営課題です。沿線地域の農作物の収穫体験や水揚げされる魚介類の試食会などのイベントを行ったり、駅舎での農作物販売や外食店出店といった農林中金のネットワークを活かした支援を進めています。
銀行員ではあるけれど、事業家的な発想を求められるのが農林中金の法人営業の特徴と言えるでしょう。また、いたずらに信用リスクを取らず、系統組織全体を俯瞰して預金者や出資者への利益貢献を考えるという基本に忠実な点も特徴です。さらには、農林水産業と産業界の双方に太いパイプを有する農林中金の果たすべき役割として、「グローバルベースの農商工連携」は、重要なキーワードです。
ー融資先の企業から、農林中金はどう評価されていると感じていますか。
松本 極めて中立的な金融機関であり、どの会社からも相談しやすいポジションではないでしょうか。安定した資金の供給が期待できる信頼感の強さも特筆できると思います。一般の商業銀行であれば、金融市場に何かあれば、それなりに経営は揺れるものですが、経営の軸足にブレがないことも特長です。背景には、農林中金やJAなど系統組織が持つJAバンクシステムへの貯金者からの信用があります。
ー農林中金の組織としての特徴を聞かせてください。
松本 農林中金は、資金量の大きさの割に人員は少なく、マーケット部門(運用資産59兆円)のフロントで200名ほど、法人営業部門(貸出残高6兆円)で200名ほどに過ぎません。他の銀行では、次長や副参事役で担当するような日本の名だたる企業を係長年次になる前の20代の担当者のうちから任されます。組織が小さい分、職員一人ひとりの役割が大きく、組織がフラットな分、コミュニケーションがシンプルで情報がすぐに共有でき、意思決定もスピーディーです。
例えば、農林中金には世界中の運用会社が、アドバイスを得るために日々、相談に訪れます。私たちは、恐らく世界で売られているほぼすべての金融商品の動向を知っています。まさに世界の縮図です。こうした情報は、担当者であっても接する機会が多く、融資先に世の中の動きを伝えるうえでも大変役立ちます。
農林中金は、新卒・中途や出身大学などに関係なく、人物や能力を見てもらえるので、組織に埋もれることがありません。プロフェッショナリティは当然要求されますが、様々なキャリアコースがあり、インタラクティブに結び付いています。専門性の高い業務であっても、派生する情報を一定程度知らなければ、その専門性も生かせないのが、いまの金融業界です。幅広い業務にかかわるさまざまな職員と知り合いになれ、公平に仕事のチャンスが巡ってくるのは農林中金で働く醍醐味と言えます。
<編集後記>
2人の取材で共通していたのは、組織としての風通しの良さ。中途であっても、違和感なく自然に溶け込んでいる様子がうかがえた。最近では、コンサルティング会社など金融出身ではない中途職員も活躍していると聞く。留学制度も充実し、キャリア形成の選択肢も幅広い。大きな使命感を有した組織であり、ダイナミックな海外投融資やグローバルベースの農商工連携など、一般の商業銀行にはない魅力を秘めた金融機関であることは確かだ。
<動画ライブラリ>
農林水産業を支える農林中央金庫の取り組みについて、職員の現場での活動をご紹介します。
■農業篇:商談会を開催し、農業生産法人の販路拡大をサポート
■水産業篇:ファンドからの出資により、女川魚市場の復興をサポート
■ 林業篇:ファンドからの出資により、林業を通じた地域振興・活性化をサポート
※動画は下記ページからもご覧頂けます。
http://www.nochubank.or.jp/reinforcement/movie.html
※採用情報はこちら
http://www.nochubank-saiyo.com/career/
<関連記事>
■一流のバンカーが集う巨大金融機関とは
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38402
■マーケットに向き合う海外投資の現場から
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39523
■バンカーたちのここだけの本音
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39826
■国際競争で勝つために何をすべきか
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45605