1 はじめに

 新冷戦の再来かとも思われるようなロシアによるクリミア併合への米欧の対応を見ていると、我が国の防衛は果たして大丈夫だろうかと疑念を感じざるを得ない。いざという場合に日米同盟は真に機能するのか、米国政府首脳の度重なる表明にもかかわらず、日本は疑心暗鬼に陥っていると言えよう。

 今また、ウクライナ東部を巡る情勢も緊迫しつつあり、予断を許さない。ロシアが力を背景に影響力を行使し現状変更を強要するならば、欧米とロシアの対立は決定的となろう。現時点ではロシアも自制するのだろうと思いたいが・・・。

 本稿は、クリミア併合への欧米特に米国の対応などを管見し、日米同盟が実効的に機能するのかどうかを検討し、我が国今後の対応の方向を論じんとするものである。ロシアの脅威については論考外である。

 もちろん、日米同盟が機能しないという事態は考えたくもないし、それが単なる杞憂に終わってほしいと願ってはいるが、それでも気になって仕方ない。

 4月下旬には、バラク・オバマ米国大統領が国賓として来日し、その際に何をどのように表明するのかが現時点での最大の関心事項であり、国民はその言動を、固唾を呑んで注視している。

2 ロシアのクリミア併合をどう考えるべきか?

(1)経緯

中国の防空識別圏は「日本がターゲット」、中国国営紙

朝日を受ける尖閣諸島〔AFPBB News

 クリミア半島は、旧ソ連時代の1954年、ロシアからウクライナに編入された。ウクライナでは昨秋以降、欧州連合(EU)との統合を進める協定締結を断念したビクトル・ヤヌコービヴッチ親ロシア政権への反発が広がり、今年2月には政権が崩壊した。

 ロシア系住民保護を名目にロシア軍がクリミアに展開し、その影響もあり、クリミア自治共和国議会は3月11日ウクライナからの独立を宣言した。

 同国最高評議会は、3月16日の住民投票によるロシア編入承認に基づき、セヴァストポリを特別市として包括する独立国「クリミア共和国」として主権を宣言し、ロシアへの編入を求める決議を行った。ロシアは即日、これを承認した。なお、16日の住民投票ではロシア編入への賛成票が95%を超えた。

クリミア半島

 ロシアは、「ブタベスト覚書」を米国のビル・クリントン元大統領と結んでいたが、これを反故にしたのであり、米国の楽観主義を打ち砕いたと言えよう。

 米欧は軍事的脅威を背景にした領土略奪であると批判を強め、G8(主要8カ国)からロシアを排除した。

 今般のロシアの動きを、クリミア特にセバストポリの戦略的重要性に鑑み、ロシアによる新南下政策だと論じる向きもある。

(2)欧米の対応

 国際連合やウクライナ、そして西側諸国などは主権・領土の一体性やウクライナ憲法違反などを理由として、クリミア併合を認めておらず、編入は国際的な支持は得られていない。

 欧州連合は3月17日、ロシア政府関係者ら計21人に対し、域内の資産凍結や渡航禁止を発表し、米国も同じく11人に対する資産凍結を発動した。

 米国は、ロシアがさらにウクライナの主権を侵害した場合には、欧州各国と共に、エネルギーなどロシアの基幹産業を標的とした新たな制裁を発動させることになると警告した。

 ウクライナ東部までをも併合することは、クリミア併合とは比較にならないような重大な事態が出来しよう。それは、欧米の宥和の閾・レベルを明らかに超えてしまうと思われる。

 日本政府は翌18日、ロシアの覇権主義、領土拡張主義に対するロシアへの制裁として、ビザ緩和の協議停止などの措置を決めた。外相が同日の閣議後会見で明らかにした。

 なお、中国は、各国の主権と領土保全を尊重するとし、対立を激化させる行動は避けるべきだとして米国による制裁強化を暗に批判した。

(3)中国は欧米特に米国の対応を注目

 中国は、チベットやウィグルの分離・独立運動に過敏になっており、領土的一体性を損なうクリミアの分離・独立そして併合問題がどのように推移するか、そしてそれが自国の分離・独立運動にどのように波及するのかを注視している。

 また東シナ海や南シナ海における中国による核心的利益追求に対して、米国がどのように対応するのかを息を凝らして見守っていると思われる。

 住民投票により地域が独立し、他国への編入を可能とするような状況を作為することが可能ならば、これを中国が他国領土を自国に編入する際の格好の先例として悪用するかもしれない。

(4)ロシアのクリミア併合への米・欧の対応の問題点は

●米欧の経済制裁やG8除名にロシアは大して痛痒を感じていないよう見える。EUは天然ガスの3分の1をロシアに依存し、また経済的関係も密になっており、制裁に慎重にならざるを得ないのだろう。グローバル化した世界の難しさである。

●米国も早々と軍事的オプションを放棄し、対して効果的とも思えぬ制裁しかとり得なかった。ウクライナへの軍事支援にも踏み切っていない。

●言い過ぎかもしれないが、大した制裁を受けることもなく既成事実化に成功し、結果的にはロシアの逃げ勝ちではないか? このことは、米国の世界の警察官としての地位の喪失を意味し、それは即ち米国の力の劣化の証明であった。

●安保理でのロシアによるクリミア編入の是非を問う住民投票を無効とする決議もロシアの拒否権によって抹殺され、国連はその無力ぶりを曝け出した。国連改革の要度も高くなった。

●国連や欧米が有効な対策を打ち出せないうちに事態は進展し、気づいたらクリミアがロシアに併合されていたと言える。欧米の対応が後手に回ったとの憾みは残る。大国間の紛争においては特に後手に回った方が必敗するのは自明だ。

●欧米諸国のロシアの行動についての見積は狂ったのか? なぜ、至当な判断ができなかったのか? 事前の情報あるいは兆候はなかったのか? 欧米の不手際ではないのだろうか? 欧米情報機関の劣化か?

 といった問題点や課題があるようだ。この教訓をいかに汲み取るかが重要だ。