農業市場を開放すると、コメをはじめ外国からの輸入品に市場を奪われ、日本の食糧安全保障が脅かされる・・・。この論理を持ち出して、外国との自由貿易協定(FTA)や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結に反対する向きが少なくない。
では仮にそうなった場合、日本の食糧安全保障を脅かす国はどこだろう。おそらく中国ではないはずである。
中国農業部(省)の予測によれば、あと数年で中国は世界最大のコメ輸入国になると言われる。日本にコメなどの食糧を大量に輸出する余裕はない。
温家宝前首相の時代、農業生産を確保するために、農地の減少を食い止める政策を打ち出した。そして、農民の負担を軽減するために農業税が廃止された。しかし、農地の減少に歯止めがかからないうえ、農業税が廃止されても農民の負担はそれほど軽減されなかった。少なくとも都市部の住民に比べて農民の現金収入は断然少ない。また現在、農村では若者の多くが都市部へ出稼ぎに行ってしまい、高齢化の急速な進展が問題になっている。
食糧増産でも輸入依存が強まる理由
振り返れば1995年、レスター・ブラウン氏は「誰が中国を養うのか?」という論文を発表し、中国で起き得る食糧不足について警鐘を鳴らした。実は中国政府の政策決定プロセスでは、食糧生産を確保することは最優先課題と位置付けられている。
農業は天候次第という傾向が強い。特に、中国のような大国においては毎年どこかで干ばつ、洪水が発生する。近年、農村では灌漑施設が整備され、昔に比べれば、干ばつや洪水の被害はいくぶん抑制されている。一方で、もちろん問題も残っている。例えば森林伐採による砂漠化の進行や都市再開発に伴う農地の減少など、いずれも食糧生産を脅かす要因になっている。
では、中国政府は食糧の安全保障を確保できるのだろうか。
資料:中国農業部
図1に示したのは近年の食糧生産量の推移である。2004年から2012年までの間、食糧生産の年平均伸び率は3.6%だった。この統計を見る限り、レスター・ブラウンの警鐘は杞憂だったように思われる。
しかし、気になる統計もある。図2に示したのは中国の食糧の純輸入量(輸出-輸入)の推移である。2008年までは、中国は食糧の純輸出国だったのに対して、それ以降、純輸入国に転じ、2012年の純輸入量は7748万トンに達した。食糧は増産しているのに、なぜ輸入も急増したのだろうか。
(注)マイナスは純輸出を意味し、プラスは純輸入を意味する。
資料:中国海関(税関)
1つの可能性は、公表されている食糧生産量の統計が水増しされていることである。農業部をはじめ、農業行政の幹部にとり食糧生産量は自らの業績を証明するものである。毛沢東時代において、地方政府は中央政府に対して、単位農地あたりの生産量を実績の数十倍に膨らませて報告していた。地方政府では食糧生産量の統計を水増しする伝統がある。
かつて朱鎔基は首相時代、地方視察に行って地方政府の幹部から「豊作だった」との報告を受けたが、それを信じられず、自ら梯子を上ってサイロの中を確かめたことがある。しかし、温家宝首相は地方幹部に対する管理が甘いことで有名であり、図1に示した統計の信憑性について疑問が残る。
そして、もう1つの可能性は、工業用原料としてトウモロコシなどの穀物需要が急増し、輸入が増えていることである。
農民の意欲を高めることが必要
食糧の純輸入量で単純計算すれば、中国では約2億人分の食糧は輸入に頼っているということになる。しかし中国農業部の幹部は、中国に食糧増産のポテンシャルがないわけではないと述べる。
問題は、農民が農業生産に意欲を示さないことである。