2010年5月11日、北京の超高級クラブ「天上人間」が摘発された。理由は至って単純。娯楽施設管理条例違反(日本の風営法に当たる)で、「有償で客を接待、消防についても安全面で問題がある」とされたためだ。天上人間のホステスはチップをもらって客を接待していた。

 北京市東三環路のシェラトン長城飯店にある天上人間は、北京市でも最も有名、かつ高級なクラブである。

 中国各地から集まった選りすぐりの女性たちが数百人規模で在籍。政治経済から歴史人文、最先端の科学技術に至るまでVIPのどんな話題にもついていけるその才色兼備ぶりで有名だ。彼女たちの収入は1日1000元(1元=約13円)超。数年働けば故郷に蔵が建つと言われている。

 顧客は言わずと知れた「雲上人」。相当な金持ちか、組織の金を自由に使える立場にある者だ。

 女性を指名しカラオケを楽しむシステムだが、ビールの小瓶が日本円で約1000円、カクテル1杯2500円超、部屋を借し切るだけでも4万円はする。この店は「精算時には100元札が束で動く」と言われるくらい、その桁外れの価格設定でも知られている。

 元々、天上人間は政府幹部や「太子党」(中国共産党の高級幹部の子弟)との強力な関係を持っているだけに、捜査の手が及びにくい、いわば夜の聖域だった。

 だが、北京市公安局が4月11日から展開する「売春取り締まりキャンペーン」の対象から外れることは免れず、5月11日に予定された「市内4カ所の娯楽場」の摘発リストに、ついにその名が載った。この摘発で捕まった557人のうち118人が天上人間の女性だったと言う。

天上人間は上海閥の根城か

 だが、当局の本当の狙いは、天上人間で行われていたとされる「売春」行為を摘発することにあったのだろうか。

 さかのぼること今から14年前の1996年、天上人間である事件が起きた。

 北京市某区公安分局の副局長2人がここに飲みにきた際、ガードマンともみ合いになった。なんでも「酒はニセモノだ」と難癖をつけ、金を払わないで店を出ようとしたというのである。

 複数名のガードマンに殴りかかられた副局長2人が、携帯電話で武装警察を呼んだ。ところが、なんと天上人間はさらにそれを上回る強力部隊を配備した。臨戦態勢にまで発展したが、結局、副局長も力及ばず、その座を奪われる顛末となった。

 この事件について、政府筋にも食い込むある事情通はこう振り返る。

 「天上人間の当時のオーナーは江沢民国家主席(当時)と通じており、事件当日、中南海にいた江沢民に近い人物に助けを求めた」

 当時の経営者は夜の帝王と言われた覃輝氏注1)。「天上人間は彼にとっての造幣局」とも揶揄される人物だ。覃輝氏の後ろに江沢民一派がいたことは想像に難くない。そして、おそらくその後も天上人間は江沢民率いる上海閥の根城であり続けていた。

(注1)「天上人間」は93年に発足して以来、4回の経営権の譲渡を繰り返しており、すでに覃輝氏の手を離れている。2010年6月時点では「真の黒幕」は謎に包まれたままとなっている。