この1カ月ほどの間に、ヨーロッパの自動車メーカー、そして有力なサプライヤーが日本の報道関係者向けに開催した「自動車技術の潮流を紹介する」複数のイベントに出席する機会があった。
その内容は、もちろんそれぞれに興味深いものだったが、ここではその現場で私自身が観察した、昨今の日本の「報道記者」が「ニュースを作る」姿勢と方法について書いてみることにしたい。
言うまでもなく、彼らが書き、語って伝える「ニュース」が、日本の社会全体の「現実認識」を先導し、そこに感情的雰囲気を醸成し、さらには産業界や経済界の判断をも左右する。そうした立場にあるメディア人は何をどのように取材し、咀嚼している(あるいは「していない」)のか。
その実態が、私が目撃したちょっとした事象にも様々に表れていたので、ここでご紹介に及ぶ次第である。
「EVでは日本が世界の先進国」という決めつけ
今回、私が参加した報道関係者向けミーティングのテーマは、「サステイナブルな(持続可能な、すなわち環境負荷を最小にする)クルマ社会の一部分としての電動駆動」(フォルクスワーゲン)であったり、「日本におけるビジネスの状況と最新技術動向や開発状況について」(ボッシュ、ZF)であったり、自動車産業の中に身を置く者としては、様々に得るものが多いイベントが続いたのだった。
まずはそれぞれの講演内容をじっくりと聞けば、それだけで日本の同業種の企業や、産業界全体、さらには行政まで含めた社会全体と、取り組む内容それぞれの方向性の一致や差異、その基底にある自動車社会全体の将来ビジョンをどう描いているか・・・などが浮かび上がってくる。
彼らが描く自動車の今日と明日の妥当性はどうか。様々なバックグラウンドデータとそれらに基づくプロフェッショナルとしての思考から描き出されたビジョンであるはずだが、日本の行政や研究者、技術者が思い描いているものと一致するのか、違うとすればそれはどこから来るものか・・・講演内容をその場で咀嚼しながらでも考えを巡らせることはいくらでもある。
技術面の詳細に踏み込む話になると、専門家ではない記者諸氏にとってはついてゆくだけでも難しい、のかもしれないが、それも聞いて、考えれば、見えてくることはいくらでもある。私にとっては「うんうん」「なるほど」「へぇ」「あ、そうか・・・」の連続だった。