東日本大震災は日本企業の意外な実力を示した。世界でサプライチェーンが途切れ、その原因を探ってみると、東北の企業が部品を作っており、数十パーセントのシェアを占めていたという例も数多く報告された。

 その1つの例が、福島県いわき市勿来(なこそ)町に工場を構えるムラコシ精工(本社:東京都小金井市)という企業だ。村越政雄社長は震災当時の状況をこう語る。

オブジェではなく、地震で破壊された工場の壁。2012年7月、筆者撮影

 「私たちの工場はちょっと高い場所にあるので、津波は来ませんでした。でも地震で天井が落ち、壁は破壊され、多くの機械が飛んで、ズレて、ガタガタになりました。地盤が下がってしまった工場もありました。

 しばらくは呆然としていましたが、全従業員の家庭の安全を確かめてから、みんな必死で復旧に努力しました。

 実は、震災の前日に勿来工場で役員会を開いたのです。通常は東京・小金井の本社でやるのですが、この時はたまたま現場でやろうということで、会社の幹部がほぼ全員勿来にいた。だから指揮系統が乱れなかったのも幸いしました」

調達が滞って初めてムラコシの名を知った自動車メーカー

 ムラコシ精工のブリーダースクリューは日本全体で7割のシェアを持っている。「自動車の生産が滞った原因がウチみたいな小さな会社の製品だと分かれば、『なんで、そんなワケの分からない会社にこんな重要な部品を出してるんだ!』と担当者が怒られ、注文を別の会社に持っていかれてしまうでしょう。だから、担当者に迷惑をかけるわけにはいきませんでした」

ブリーダースクリュー

 社長以下全員で復旧に取り組んだ。しかし、それでもすぐに供給できるわけではない。まだ道路事情が悪い中、納入先の担当者が連日来社して支援してくれた。

 ブリーダースクリューは、ブレーキ油の気泡を排除するための弁で、それ自身の値段はたいしたことはないのだが、クルマ1台に4個ほど必要だ。しかもブレーキ系の重要部品だからないと困る。

 だから自動車メーカーも必死だ。T社の社員も2度、同社を訪れている。実は、直接取引関係のないT社はこれまでムラコシのことを知らなかった。調達が滞って初めて、同社の存在が浮上したというわけだ。