旧ソ連内に存在する非承認国家の1つ、沿ドニエステル共和国で昨年12月に大統領選挙が行われ、エフゲニー・シェフチュク候補が当選、第2代大統領に就任した。(敬称略)

 ソ連崩壊から20年間にわたり沿ドニエステル共和国の独立路線を指導してきたイゴール・スミルノフは、ロシアからの援護を受けられず強力なライバルたちの前に選挙で惨敗、あっけない幕切れを迎えた。

 この政権交代は、2つの意味を持っている。第1に、しばしばスミルノフ独裁と表現されてきた沿ドニエステル共和国の権力構造の多元性である。同国ではスミルノフ一族は通関(密輸が盛んな非承認国家において通関は一大資金源である)、治安関係を掌握し、「シェリフ」グループが小売り、流通を支配してきた。

 シェフチュクはこの「シェリフ」出身である。一方で、この国の工業生産の大半を叩き出す大企業はロシア資本傘下にあり、「平和維持」名目でロシア軍も駐留している。

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大統領選に敗れたイゴール・スミルノフ氏〔AFPBB News

 スミルノフ政権はこの3者のバランス上で成り立っており、シェリフとロシアが反対に回れば、スミルノフの再選はおぼつかなくなる。

 第2が、ロシア政府の影響力の強さである。上記のように、ロシアは沿ドニエステルの工業と軍事を支配しているが、これ以外にも、住民にロシア年金を支給し、様々な社会援助と称する補助金を流し込んできた。

 2006年選挙では、ロシア政府はシェフチュクに対するネガティブキャンペーンを張り立候補辞退に追い込んだが、今回の選挙では、逆にスミルノフ一族の援助金不正利用を攻撃し、その一方で、カミンスキーを「統一ロシア」の党大会に招いたり、資金を援助したりと早い段階で政権交代を画策してきた。

 金融危機以降、沿ドニエステルは不況から抜け出せず、ロシア政府の援助にますます頼り、スミルノフ自身がロシア資本と衝突したり、沿ドニエステル議会との対立を激化させたりとその指導力にロシア政府は不満を抱いてきた。

 シェフチュクは、かつて与党「刷新」を率いて議会議長まで務めていたが、大統領との対立激化の責任を取り自ら職から降りていた。その議長職と与党代表を継いだのがカミンスキーである。

 シェフチュクとカミンスキーとの間にさしたる政策の違いはなく、個性(性急で若いシェフチュクと穏便な中年カミンスキー)が異なる程度である。