震災からおよそ2カ月後の今年5月14日、東京電力福島第一原子力発電所内で作業をしていた1人の労働者が死亡した。静岡県御前崎市の配管工、大角信勝さん(当時60歳)。
地元の中部電力浜岡原子力発電所をはじめ島根原発(中国電力)、志賀原発(北陸電力)で作業経験のある彼の死について、7月13日タイ国籍の妻カニカさん(53)が労災認定を求める申し立てをした。
日本語をあまりよく理解できない彼女は、当初夫の死がどのような形で補償されるのか分からなかった。しかし知人のアドバイスをうけ静岡市の大橋昭夫弁護士に相談、夫の死は仕事が原因であると判断、工事の元請けである東芝の労災保険の窓口になっている横浜南労働基準監督署へ労災申請をした。
原発事故後、多くの労働者が現場に投入され、その仕事の過酷さや人材集めの問題などがこれまで何度も報道されてきた。そのなかで、大角さんの死はこうした作業に関連した初めての労災申請としても大きく報道され注目された。
大角さんの死因は心筋梗塞と診断された。厚生労働省は心筋梗塞などの心疾患や脳梗塞などの脳血管疾患については、仕事が主な原因で発症する場合もあるとして、これを「過労死」と認めているが、過労死は労災の対象となる可能性がある。
ところで、業務中にケガをしたり病気になったり、また後遺症を負ったりさらには死亡した場合、労働者災害補償保険法に基づき、その労働者や遺族に対し所定の保険が給付される。
これが労災保険制度で、労働者を1人でも雇う事業所は労災保険に加入しなければならない。労働者が確実に補償を受けられるためであり、かつ労働災害の補償義務がある事業主の補償負担を軽減するためでもある。
しかし、一般に事業者は労災を認めたがらない。これによって保険料が上がる可能性があるし、労基署の調査が入るほか、事業所のイメージが損なわれる可能性があるからだ。
ただし、最後の点は労災を発生させる可能性を自覚している、ある意味で日頃の労務管理に後ろめたいところのある事業所の例であって、労災を事故と考え、労災申請に積極的に協力する事業所にとってはあてはまらないかもしれない。
労災申請の壁と原発の安全神話
労災申請をいやがる事業所側の意向を斟酌して、労働者の側も本来なら労災であるにもかかわらず申請をためらってしまうことがある。今日のように雇う側が圧倒的に有利な状況にあっては働く側は“泣き寝入り”をしていることが多々あるのだ。
この点は、労働者を守る労働基準法に基づく制度と同様、立派に存在してはいるが、実際そのとおりに制度が運用されているとは言い難いという矛盾をはらんでいる。