仲間を募り、共同で敵に対峙することはざらにあります。中でも世間の耳目を集めるのは、政界の政争や派閥抗争でしょう。

 こうした争いは基本的に多数派、すなわち勝ち馬に乗るのが一番いいのですが、争いが始まる前や始まった直後にはどちらが勝つのかは見えないことが多いものです。こんな時、我々はいかに意思決定をすべきでしょうか?

中立を保つのは怖くて意思決定できないから

 <決断力のない君主は、当面の危機を回避しようとするあまり、多くの場合中立を選ぶ。そして、おおかたの君主が滅んでいく。>

 (「君主論」、池田廉訳、中公文庫)

 マキァヴェッリの主張は明解です。旗幟を明らかにすること。すなわち、「私はこっちの味方だ」と誰の目にも分かるように見せる。それが自分を高く売りつける策だからです。

 そんなことをして、味方についた側が負けたら大変じゃないかといった考えはしません。図示してみます。A、B、Cの大きさは軍隊が強い(=勢力が大きい)と考えてください。

 自分をAとし、BとCが争っているとします。我々がBを叩きたいと考えているなら話は簡単です。Cの側について、一緒にBを叩けばいいわけです。もともとCが強い上に、自分たちも加わりますから、Bは極めて不利な状況に陥ります。

 しかも、Cに味方しておけば、Cはその後、我々(A)を叩きにくくなります。Cが独力でBを叩くことができたとしても、我々の協力があれば、戦争による消耗が少なくなります。場合によっては戦争なしにBを降伏させることも可能かもしれません。

 すなわち参戦することで我々は恩を売れるわけです。Cがもっと大きな野心を持ち、我々をも征服しようとしても、やりにくくなります。相手を平気で裏切る者は、信用をなくすからです。言い換えれば、マキァヴェッリ曰く「そもそも勝利をつかんだといっても、勝者が何の気遣いもせず、まして正義に関する配慮もなく、それですむような、完璧な勝利などありえない」のです。