米国初の黒人大統領誕生が決まった11月4日深夜、ニューヨーク随一の繁華街タイムズ・スクエアは歓喜に沸いた。数千人がバラク・オバマ上院議員の勝利演説に酔いしれたそのころ、南に数キロ離れただけのウォール街は人影もまばら。未曽有の金融危機の震源地は、次期政権への期待と不安が交錯し、「オバマ大統領」の動向を見極めようと息を潜めている。
一夜明けた5日のニューヨーク株式市場。ダウ工業株30種平均は、大統領選翌日としては過去最大下げ幅となる486ドル安で引けた。下落率5.05%は、世界恐慌に無策だったフーバー大統領からフランクリン・ルーズベルト大統領への政権交代が決まった翌日(1932年11月8日)以来、76年ぶりの記録更新となった。
株価急落は、勝利を噛みしめていたオバマ氏に冷や水を浴びせたが、決して失望売りではない。大統領選という4年に1度のイベントを終えて景気懸念が再燃したためで、新政権に対し「発足前でも追加経済対策を打ち出すべきだ」(大手証券)との市場からの催促と言える。
実際、前日の4日は、ダウが305ドルも急騰し、大統領選投票日としては史上最大の上げ幅となった。経済失政のそしりを免れないブッシュ政権の終焉と新大統領選出を心待ちにする投資家の思いが示された形だ。
金融界、これからが正念場
「オバマ政権は短期的には大歓迎だが、中長期的には懸念が強い」。ある米エコノミストは金融界の思いを代弁する。米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻で増幅した信用不安は、大手金融機関への資本注入を柱とする総額7000億ドル(約68兆5000億円)の公的資金投入や、米欧金融当局による積極的な流動性供給によって後退しつつある。
オバマ氏は、ブッシュ政権が打ち出した一連の金融危機対応策を支持しており、銀行間取引金利がリーマン破綻前の水準に戻り、信用収縮が緩和に向かう大きな流れに変化はない。リスク回避姿勢を強めていた投資家は市場に戻り始めた。
しかし、金融界の正念場はこれからだ。
オバマ氏は、今回の金融危機をブッシュ政権糾弾の格好の材料とし、同じ過ちを繰り返さないと語っている。公的資金注入行の役員報酬制限や、金融機関の監視態勢強化など、金融界に厳しい公約が実行に移されるのは確実だ。税制改革では、配当・キャピタルゲイン税率の引き上げに踏み切る見通しで、市場関係者の警戒感は強い。資産管理業務の重要顧客である富裕層に対する所得増税も、大手金融機関を中心にダメージを与えそうだ。
また、たとえ金融機能が正常化しても、景気減速に伴い、クレジットカードローンの小口融資の焦げ付きなどが増加する。このため、経営環境の大幅な改善は当分望めず、金融機関は雌伏の時代に入る可能性が高い。