2008年1月30日、地中海に面したエジプト第2の都市アレクサンドリアの沖8.3キロメートル付近で、国際回線の海底ケーブル2本が損傷し、エジプトを含む中東、南アジアなど広範囲でのインターネット交信が遮断された。事件そのものは旧聞に属するが、現在のアラブ政治や社会とインターネットをめぐる微妙な関係を読み解くカギとなるので、今回は、この事件が意味することについて考えてみたい。

 損傷を受けた海底ケーブルは、スエズ運河を経由するデータ通信のほぼ90%を担っていた。このため、エジプトのインターネット接続は70%が不通となったばかりでなく、数日間にわたって、アルジェリアからバングラデシュに至るまでの7500万人のネット使用に障害が発生した。

 政府当局および海底ケーブル会社は、すぐに補修・復旧などの処置を講じ、緊急を要さないネット使用の自粛を呼びかけたものの、通常レベルにまで通信状態が回復するまでには数週間を要した。

 通常、国際回線は非常時のバックアップとして複数の回線を確保しているが、エジプトではこのバックアップシステムがうまく機能しなかった。エジプトのみならず、多くの途上国は、国際回線の数も容量も十分に確保できていないのが現状だ。新たに海底ケーブルを引きたいと思っても、先進国でも需要が多いため、非力な途上国では順番待ちや後回しにされるケースもある。したがって、2本も同時に破損してしまったという稀な状況下で、テレコムエジプトのバックアップ体制の不備を非難するのは少々酷かもしれない。

政府のネット監視体制が混乱を増幅?

 ただ、広範囲に、そして比較的長期間にわたって障害が発生した背景には、同国の情報通信政策が少なからず関係している。

 エジプトには多くのISP(Internet Service Provider)が存在するが、国際回線へのアクセス権が認められているのは4社に限定されている。

 この4社は国際回線にアクセスする特権を与えられている一方で、4社間で国内ネットワークを組むことはできないハンデを負っている。この4社の契約者同士で通信を行うためには、一旦テレコムエジプトの国際回線を通してデータが国外に出され、再びテレコムエジプトの国際回線を通って国内に戻ってきた後に、相手側のISPにデータが送られるという回り道をしなければならない。

 通信の効率の観点からは極めて問題のあるやり方で、ただでさえ容量が不足気味の国際回線に余計な負荷をかけるものだ。しかし、インターネットのコントロールを行いたいと考える政府にとっては都合の良い構造である。

 ただ、こうした規制が行われていなければ、回線にかかる負荷は軽減されたであろうし、復旧に要する時間も短縮できたと推測できる。政府によるコントロールの可能性を高めたネットワークの構造が、混乱を増幅させてしまったのだ。

ケーブル破断の原因は、事故か、陰謀か、テロか・・・?

 ところで、今回の海底ケーブル損傷の原因は何だったのか。実は、この点を考察することで近年育ちつつあるアラブ人情報智民(新しい情報通信技術に親しみ「情報力」や「智力」を武器に情報化の時代を担う市民たち)と非民主主義的な政府との関係を浮かび上がらせることができる。

 事件発生当初、エジプト政府当局は「船の錨が原因」とのコメントを発表した。しかし、エジプト運輸省によれば、当該時間にその地域を航行した船舶はなかったそうだ。通信情報技術省、電気通信規制庁、テレコムエジプトなどからなる調査委員会のメンバーの1人は「かなりの確度で地震が原因と考えられる」とコメントした。