(写真左)
株式会社KADOKAWA Connected CCSO (Chief Customer Success Officer)
菊本 洋司 氏

(写真右)
Pendo.io Japan株式会社 カントリーマネージャー
高山 清光

 日本を代表する総合エンターテインメント企業であるKADOKAWAグループのDX推進を支えるKADOKAWA Connected。同社では、現在、企業価値の源泉である「人」が生み出す発想やナレッジなど、組織に蓄積されたアナログの価値を、いかにデジタルを活用して最大化、競争優位性の確立に結び付けられるかに取り組んでいる。このセッションでは、同社のCCSO菊本 洋司氏を迎え、従業員を顧客と捉えて推進するカスタマーサクセスの取り組みや成果を伺った。

※本コンテンツは、2022年7月14日に開催されたPendo.io Japan株式会社主催、JBpress/JDIR協力「Digital Adoption Forum~『デジタルの利活用と定着化』で実現する真のDX」のセッション2「生産性を向上させ“人だからこそ生み出せる価値”を最大化するには」の内容を採録したものです。

「従業員=顧客」の視点でサービスをつくる

高山 菊本さんは、同社のCCSOとして、グループ企業の従業員の皆さまを「顧客」とする「カスタマーサクセスチーム」の責任者を務めておられます。最初に、KADOKAWAグループのDXの目的についてご紹介いただけますか。

菊本 KADOKAWAグループにおけるDXとは「データとデジタル技術を活用し、顧客や社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや企業文化・風土までをも変革すること」です。その実現に向けて、「ユーザー基盤」「組織コミュニケーション基盤」「製造・物流基盤」の3つの改革を通じて、ユーザー視点で事業を変革する組織を目指しています。私たちカスタマーサクセスチームは、2つ目の「組織コミュニケーション基盤」を担当しています。

 私自身がKADOKAWAグループで働いていて感じることは、DX推進においては、自社が持つアナログの価値をいかに引き出し、デジタル技術を用いてサポートしていくかが重要だということです。


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高山 カスタマーサクセスチームについて、詳しく教えてください。

菊本 一言で言うと、「従業員を顧客と捉えて、顧客の体験価値を最大化するためのチーム」です。DXを推進する上で大事なことの一つに、「自社の中から顧客に愛されるサービスをつくっていく」があります。そこで、私たちは、KADOKAWAグループのコンテンツを生みだすために働くすべての従業員を「顧客」と捉え、求められるサービスを提供するのが最大のミッションです。

 顧客に役立つサービスを生みだすために大切なことは、顧客の課題を発見することです。そこで、編集者向けのサービスの開発で私が最初にやったのが、本づくりの修行でした。4カ月ほど毎朝30分、書籍編集者に前日までの成果物を見せてもらい、制作プロセスを一つひとつ教わるというのを続けたのです。これを繰り返していくうち、「ここをデジタル化すると効率がよくなるのではないか」とか、反対に「ここは強みとして、あえてアナログのまま残すべきではないか」という課題と解決の糸口が分かるようになってきました。

開発を成功に導く「2つの取り組み」

高山 「顧客視点のサービス開発」を実現する上で、具体的にどんな取り組みをされていますか。

菊本 大きく分けて2つあります。1つ目は「Internal Press Release(インターナルプレスリリース)」です。これはAmazonが行っている手法で、新しいサービスを考える際、開発に着手する前に社内にむけてプレスリリースを書くことでサービス開発の目的と目指す効果を明らかにして、それを起点に開発していくというものです。これを当社にも取り入れています。

 手順としては、まず「こういうサービスがあったら、うまくアナログの価値を発揮できるに違いない」というサービスを考え、インターナルプレスリリースに落とし込みます。次は、そのリリースをいろいろな人にレビューしてもらう。編集者が想定顧客なら編集者にもレビューに加わってもらい、本当にそのサービスが必要かどうかコメントをもらいます。このコメントをインターナルプレスリリースの中にFAQとしてどんどん書き込んで、これをもとにサービスをつくりこんでいきます。

 インターナルプレスリリースは、顧客視点で徹底的に考え抜くことができる非常に優れたツールですので、もし他社様でもユーザー視点でサービス開発をしようという方には、ぜひ一度試していただくことをおすすめします。

高山 従来は、こちらがつくったサービスを「これを使ってください」と出すイメージですが、カスタマーサクセスチームでは社内のユーザーを「顧客」と捉え、お客さまの視点を起点としてサービスをつくっているのが画期的ですね。

菊本 2つ目は、顧客を開発に巻き込むための仕組みづくりです。実際にサービスをつくり始めると、必ず人手が足りなくなります。そこで「アーリーアダプター」と呼ばれる、新しい技術を積極的に活用したい人たちを社内から探し出し、サービス開発に協力してもらうのが重要なステップになります。

 インターナルプレスリリースをもとにつくったプロトタイプを彼らに評価してもらいながら、本番サービスの仕様を固めていきます。開発からリリースまではアーリーアダプターが強い味方になってくれますが、それ以降、定着までは社内の大多数の人々をいかにボトムアップできるかが重要な鍵です。この両方ができた時点でようやく、そのサービスが社内の「共通言語」になり得ます。


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「できる手は何でも打つ!」で定着を推進

高山 いよいよ本日のテーマである「定着」のお話です。せっかく顧客目線で開発したサービスも、みんなに使ってもらえなければ価値を発揮できません。特に日本企業の場合、導入までに時間や労力を注ぎすぎて、定着までなかなか手が回らないという印象がありますね。

菊本 事業会社の場合、従業員のITリテラシーにはバラつきがあります。そのため、これまでデジタル技術を頻繁に使用していなかった、ITリテラシーに不安を感じるマジョリティーの方々が使いこなせるようになって初めて、定着したと言えます。

このため、定着には「最後までやりきるんだ」という根性と、自社に適した伝え方、コミュニケーションが必要だと思います。

 カスタマーサクセスチームでは、「できる手は何でも打つ!」を基本に、いろいろな施策を展開しています。コミュニケーションツールを導入する際に実行してきたものを紹介します。

  1. 勉強会の実施:こちらから開催するだけでなく、現場からリクエストがあれば何度でも実施。経営層がキーマンであれば経営陣向け、さらに役員をサポートする秘書向けなどの勉強会を展開。
  2. マンガによる定着: KADOKAWAならではの手法かもしれませんが、ツールの中でマンガを連載しました。マンガなら対象者のレベルに応じて絵で伝えられますので、定着には非常に役立つツールだと思います。
  3. サービスメニューの提供:ツールを利用する際に、誰に聞けばいいのか分からないとなるとなかなか定着しません。そこで、あらかじめ誰が見てもセルフサービスで対応できるようにサービスメニューを用意しました。
  4. ツール利用個別相談受付(BPRコンサル):ツールを使って業務改善したいといった要望が出てきた時、ツールの定着から業務改善までの進め方を一緒に考え、対応しました。
マンガによる定着
©Yoji Kikumoto Motoko Watanabe Kadokawa Connected,  Minori Kambe
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高山 成功に至るまでは、失敗例、苦労されたこともあったのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

菊本 やはり、突然のコロナ禍によって在宅勤務、リモートワークが一気に加速したことでしょうか。それまではちょっと隣の人に声をかけて聞けば解決したなど、フェーストゥフェースでできたことが、できなくなった。私たちの取り組みの問題というより環境変化の問題ですが、リモートの方たちにどう定着支援を行っていくかは、顧客満足度調査なども行いながら引き続きチャレンジしていくべき課題だと考えています。

まず小さな成功事例をつくり仲間を増やそう

高山 今後の展望として、引き続きDXを進めるために、どのような施策を考えていますか。

菊本 これまでは全社横断基盤の整備が中心でしたが、今、それが一段落つきつつあります。そうなると次は事業部独自の働き方など、個別の課題に対する支援が必要になってくるのですが、実はそこが非常に難易度の高い取り組みだと見ています。その点で、個人ごとのニーズに応じた定着支援、つまりパーソナライズ的な考え方にどう取り込むかは研究する価値があると思っています。

 また、ユーザー=従業員からも新たな要望が挙がっています。それをかなえられず、サービス提供側と利用者の距離が開いてしまうとなかなかDX推進が上手く進みません。その距離をどう縮めるかがすごく大事で、やはり「顧客視点のサービスを提供すること」と「定着をやりきること」で、従業員の皆さんも進んで協力してくれるようになると思っています。  

 ただ一気に広い範囲で実現するのは難しいので、まずは領域を絞って小さな成功事例をつくり、それを社内で横展開していく。それを繰り返すうちに仲間が加わってくれると思います。そうやってDX推進の幅を広げていき、最終的に「アナログの価値をデジタルで支える」ことを実現できたらいいなと考えています。

高山 そこは非常に共感します。Pendoでも、一人ひとりの社員がどのツールをどれくらい使えているのか、使えていないのかを個別かつ詳細に把握すること、パーソナライゼーションが定着の重要な鍵になると考えています。
今日お話しいただいた、アナログとデジタルの融合についても非常に大きな関心を抱いています。本日は、貴重なお話をどうもありがとうございました。

Digital Adoption Forum 「デジタルの利活用と定着化」で実現する真のDX
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