小売業界にDXの波が押し寄せている。しかしながら、多くの企業の取り組みは局所的なデジタル活用にとどまっており、顧客データを十分に活用している例はまだ少ない。「真の競争力」を手に入れるには、どのような視点とアプローチ、そしてツールの活用が有効なのか。マーケティング戦略論・流通論を専門とし、小売業界のDXにも深い知見を持つ神奈川大学 経営学部 国際経営学科 准教授の中見真也氏と、新たに小売業界でAIを活用したCRMソリューションの提供を始めたソニーネットワークコミュニケーションズの蒲沢功氏に話を聞いた。

DXの現場は“本部”から“店舗”へ

中見 小売業界とは、最も一般消費者の身近にある業界です。食品やトイレタリーを製造するメーカーにとっても、小売業が展開する実店舗やECサイトが顧客接点になっています。ところが、IMD Business Schoolのマイケル・ウェイド教授が指摘するように、小売業界はデジタル・ディスラプションのリスクが2番目に高い業界と言われています。そのリスクから一刻も早く回避すべく、一般社団法人日本オムニチャネル協会の監修の下、同会理事の逸見光次郎氏と共同でまとめたのが『小売DX大全』(日経BP)です。

神奈川大学 経営学部 国際経営学科 准教授 中見真也氏

蒲沢 私も読ませていただきました。「商品開発や人材育成を含めた、デジタル視点でのトータルコーディネーションが必要」という指摘は、まさにその通りだと思いました。同時に、小売業界が困難に直面していることも痛感しました。

中見 これまで、小売業界の強みは人でした。フェイス・トゥ・フェイスでお客様の価値を一緒に創造できることに価値があったのです。しかし、コロナ禍でそれが難しくなってしまった。そこで、小売業というビジネスそのものをデジタルによってトランスフォーメーションしなければならない。また、既存の業務プロセスを根本的に見直さなくてはならない。そんな岐路に立たされているのが実状です。

蒲沢 小売業界のデジタル化といえば、顧客管理ツール「CRM」を真っ先に思い浮かべる方も多いはずです。ツールを提供する側の目線から見ると、CRM自体は1990年代に誕生したマーケティング手法でレッドオーシャンだという声も聞かれます。

 ただし、CRMという言葉は極めて幅が広い分野を指すものです。BtoBの領域で使われる案件型営業支援システム(SFA)もCRMに分類できるでしょう。一方で、BtoCの業態でよく見られるようになったマーケティングオートメーションを取り入れた「リテンション」や「レコメンデーション」の仕組みもCRMといえます。

ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社 法人サービス事業部 事業推進部 CRMサービス課 蒲沢功氏

中見 BtoC事業者の中でも、チェーンストア経営をしているような規模の大きな小売企業の場合は、CRMを活用したマーケティングは、本部で一括して行う傾向があります。本部がマーケティングや仕入れを管轄し、店舗が売るという構図です。ところが、それでは本部の力が強くなりすぎて、顧客との接点を担う店舗従業員の仮説検証能力、現場対応力を潰しかねません。普段、お客様と接している店員は、よく来店するお客様の顔や嗜好を覚えているため、個客ごとに接客や商品提案が出来るのです。

蒲沢 事業規模が小さく、取り扱う商材や商品が少ないBtoC事業者、特に実店舗中心の業態にも商品レコメンデーションのようなOne to Oneマーケティングを軸としたCRMが最適なのか、という疑問もあります。ECであれば一人ひとりの購買情報は緻密に得られますが、店舗ではそれが難しいでしょう。ECよりも実店舗の方が「一度限りのお客様」が多いはず。そこに、ECで求められているような多機能なCRMが必要かというと、そうではないと思います。それよりも、再来店を促すリテンション施策に着目し、ライフタイムバリュー(LTV)を上げる方が適しています。

最適な特典を用意し、いかに簡単に配信するか

中見 その視点は極めて重要です。今は、ほとんどの実店舗が、来店するお客様全員に同じように「本日は20%オフです」といった画一的なオファーをしています。もちろん、「売価×個数」という考えで日々の売上を考えている小売業者は数多くいますし、それも重要です。しかし、今の時代に求められているのは、そういった施策ではないはずです。

 重要なことは、来店頻度が高く、客単価も高い、つまりLTVの高いお客様を大切にすること。言い換えると、「デシル分析で1~2(上位20%まで)に位置するお客様が誰なのか」を把握し、そのお客様に対しては「あなただけは25%オフです」などと個別の特典を用意することでロイヤルティ、LTVを維持していくこと。加えて、デシル分析で3~4(上位30~40%)のお客様をよりロイヤリティの高い顧客へと育成していくことであり、そのためにCRMを活用するべきです。

 では、どのお客様が大切なお客様なのか。その把握はデータに基づいて特定します。

蒲沢 私たちが提供する顧客管理システム『NURO AI CRM』はまさに、導入や運用障壁を極小化し、即座に顧客のロイヤリティやLTVを向上できるCRMです。実店舗を経営される方が、お客様ごとに異なる最適な特典を用意し、簡単にお届けできる仕組みとしています。

中見 そうしたCRMは、小規模なBtoC事業者だけでなく、店舗への権限委譲を進めたいチェーンストアに基づく個店経営を推進している小売企業も求めているはずです。現場の従業員にとっては、多機能であるよりも、シンプルで使いやすく、仮説検証しやすいことが重要です。

蒲沢 店舗の方は日常業務が忙しいので、閉店後にメールやラインで個別のマーケティング施策を実行しようとしても、時間的にもリソース的にも難しいと思います。ですから、あらかじめ「この月はこんなクーポン」といった年間計画さえ用意しておけば、それに沿って自動配信できる仕組み実装したいと考えています。そして、店舗の方には「そのクーポンをどのお客様が使ったのか」を一目でわかるようにします。おそらく、知りたいのはクーポンの利用状況といった施策への効果を重要視されるだけだという店舗の方は相当数、いらっしゃるはずです。

中見 自身のお客様への提案がどのように売上に結びついたかがわかれば、それはデジタル施策に対する従業員の業務達成感につながります。インターナルな従業員満足がエクスターナルな顧客満足を導くという、サービスマーケティングの王道を行く仕組みだと思います。

 実は今、多くの小売業者の方が、新聞への折り込みチラシ広告を止められずに悩んでいます。止めても売上はそう変わらない、と頭では分かっているはず。でも、折り込みチラシ広告を止めたことで売上が下がったらどうしよう、と皆怖がっているのです。そこで、個別に最適なデジタルのチラシを配れるようになれば、みんなに同じように届ける従来のチラシは、思い切って止められるのではないでしょうか。

過去データではなく、未来予測を基点に施策を打つ

蒲沢 デジタルとひとことで言ってもチャネルは様々で、Webサイトもアプリも、メールもSNSもあります。では、どのチャネルがどの役割を担うかというと、それは事業者によって異なるはずです。そこを整理して、最適なチャネルで最適なコンテンツを配信していくことが、小売業のDXのあり方であり、私たちのCRMがそのコアになり得ると考えています。

中見 それができれば、もともと満足度が高いお客様のLTVを2年、3年と継続的に押し上げることもできるでしょう。それだけでなく、離脱者の増加を食い止めることにもつながりますね。

蒲沢 そうですね。どれだけ離脱を食い止めるか、といった観点は私たちも非常に重要視しています。例えばサブスクリプション系のサービスは、新規獲得よりも離脱防止が重要と言われます。そこで私たちはCRMにAIを掛け合わせたソリューションを開発しました。


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 一般的には、CRMで分析した過去のデータをもとに施策を立案・実行します。例えば、先月は100人が離脱したから、今月は50人までに抑えられるように手を打とう、といった具合でこれでは対応が後手になりかねません。しかしAIを使うと「今月は50人離脱しそうだ」という予測のもとに行動を起こすことができます。今後は、AIによる予測だけでなく、その予測に基づいた意志決定もAIに委ねる、という新たな選択肢も用意したいと考えています。

中見 非常に興味深いですね。小売業界のDXを大きく前進させるポテンシャルを感じます。

蒲沢 小売業界の方々の期待に応えられるよう、尽力して参ります。

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