Trustworthyを前提とした顧客のパーソナライゼーション
――コネクティビティからサービスまで一気通貫することのメリットは大きい。その親和性をベースにクロスセル、アップセルという手法が現実的に可能になっている。実際、楽天モバイル事業と楽天の他のサービスとの親和性は高いという。例えば、楽天モバイルユーザーの契約前後の購買状況を比較すれば、楽天市場における年間流通総額は80%近くまで増加している。
どれだけ、個々のユーサーに寄り添えるか、パーソナライゼーションができるか。それによってメンバーシップの価値がもっと上がり、ユーザーは自分が求めるものを享受できる。また、売り手側は顧客に対し、よりニーズにあったものを提供することができるという利点が発生する。例えば、楽天トラベルで、一人旅用のシングルの部屋を毎回予約していた人が、あるときツインやダブルの部屋を予約するようになり、そして楽天市場でおむつを買うようになるというような顧客のライフスタイルの変化を見てとることができるようになるのではないか。こうしたプロファイル(楽天では、「カスタマーDNA」と呼ぶ)を読み解くことで、次に求めるものは何かという予測に使える。
これは二十数年間かけて構築した楽天エコシステムの中で、データ活用のノウハウを培ってきたからこそ可能なことなのではないだろうか。インターネット上で提供されるWebサイトや動画、音声などのコンテンツは、繊細な設計が必要な分野で、こうしたノウハウを一朝一夕に真似ることは難しい。
一方で平井氏は、こうしたデータ活用において前提とすべきは「Trustworthy(トラストワージー)」という考え方だと言う。
平井 僕はよく「Trustworthy」という言葉を使うのですが、ビジネスの世界では、100から1を引くと、99ではなく0だという価値観です。つまり、お客さまとの信頼関係のことです。何年もかけて信頼を築いたとしても、たった1つの予期せぬ個人情報漏洩、あるいはシステム障害で、その信頼100が一気に0、もしくはマイナスになってしまう。それを常に頭に置き、理解をした上で、「Trustworthy」ということを実践していかなければいけない。これは企業としての社会的責任、使命だと思います。
企業のサービスというのは一定ではなくて、新しいサービスが生まれたり、これまでのサービスが進化したりするので、その時々のタイミングで、どのようにデータプライバシーへの対応ができているかをチェックしていかないといけない。それには、結構なワークロードとコストがかかります。ただ、これはもう社会的使命です。
――データの活用とそのセキュリティ対策は表裏一体のものである。2018年にはEUがGDPR(一般データ保護規則)、2020年には米国でCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)が施行。さらに日本でも改正個人情報保護法が2022年4月に施行される。今後は恐らく、これまで以上にユーザーの権利をきちんと担保した上での、データ活用が求められるということになる。
データの力をフルに発揮できる組織づくり
――周知の通り、DX、そしてその流れの中でのデータ活用は今、多くの企業が取り組んでいる課題の1つだ。海外と比べてデータ活用の分野では遅れているといわれる日本だが、その一番大きな理由はCEO、つまりトップの認識の差だと平井氏は見ている。
平井 基本的には企業として大きな差はないと思うんですが、やはり見ていると、日本企業の方がちょっと遅れているのかなと感じます。たぶん、それは経営の感受性の問題だと思います。やはり欧米企業はもともとグローバル化されていたので、何かに対して反応する感受性はかなり高いのではないかと感じます。しかし、日本企業はまだそこまでいっていない。たぶん、その一番大きな理由はCEO、トップの認識の差ではないかなと思います。
IT領域における経営視点を持った人材がまだまだ育っていないというところもあるかもしれません。本当に、ここ数年で専門家としてのCIOが出てきましたが、これまではどちらかというと、キャリアパスで社内の他部門から着任したというような方が多かった。そういう意味では、最近になって、プロフェッショナルなCIOとして企業を渡り歩いていくような人が日本でも出てきたと思います。ただ、CISOの分野は未開拓が多いですね。そしてまだまだCEOには、技術が分からないという人も多い。でも、経営者で財務諸表が読めないから経営を人に任せるという人はいないですよね、それでは経営者として失格ですから。一方でITは分からないと平気で言う経営者は多いと思います。これはいかがなものかなと。やはり組織、経営全体のキャパシティは社長やCEOのキャパシティで決まるところがあります。そういう意味では、弊社の三木谷を見て思うのは、本当に技術に詳しいということです。詳しいだけではなく、技術に関してすごく勉強しています。本当にテクノロジーが好きなんですよね。そういった経営者がこれから求められるのではないかと思います。
話は変わりますが、今後、世の中の全ての企業はIT企業になると思っています。いろいろなビジネスモデルを新しいテクノロジーと表裏一体で組み合わせたときに、そこに新しいサービスが生まれる。そのときに必要なのは、世の中にアンテナを張って、自社の中でテクノロジーの目利きができる力です。もちろん、内製化ということも含めて。全て外注にしていたのでは、まずスピード感が追い付かない。コストもかかります。そして、進化させる力自体が弱くなってしまうのではないかと考えます。
――楽天に入る前はベンダー側にいた平井氏だが、日本の企業がベンダー依存、ベンダーロックインといわれる状況になってしまうことについて、その判断力の弱さを指摘する。そして、ここにきていろいろな企業が内製化へ舵を切り始めているのは正しい方向だと。実際、楽天はほぼ内製で、各サービスも社内で開発している。しかも、できる限りオープンソースのテクノロジーを使うことでベンダー依存にならないようにしていると言う。
楽天グループには日本国内で3500人、海外を含めると5500人のエンジニアがいる。ちなみに、平井氏が率いる日本国内のテクノロジーディビジョンの6割は外国人籍だ。一般に、内製化が進まない理由にエンジニア不足も挙げられるが、グローバルな人材を採用する楽天のやり方はその解決策になると言えるだろう。
平井 そもそも日本の大学でコンピューターサイエンスを専攻する学生の数は、例えばインドに比べたら20分の1とか、30分の1とかです。だから、日本人に限定することなく、グローバルな人材を採用していくということが重要だと思いますね。
楽天でこれだけ内製化できたのは外国人籍の社員の力です。国籍に関わらず活躍できる場を作ることが重要で、そのための施策の1つが社内公用語の英語化です。日本語を勉強してくださいというのは無茶ですから。我々自身が、国内であってもグローバル化していくことによって、言語の壁にぶつかることなく、コミュニケーションを円滑にし、仕事ができるということになるのです。
――そして、平井氏はデータの力には無限の可能性があると言う。今や技術が壁になって何かができないということはなく、むしろ有効な技術をどれだけ取り込み、活用できるか、人財をどう活用するかが課題ということだ。
平井 データサイエンスとよく言いますが、そんなに簡単なものではありません。例えば、データを活用する組織の作り方を見ると、日本の企業はデータを扱う部門を「データ戦略部」のような呼称で1つにまとめてしまう傾向がある。我々はそこを明確に3つに分けています。
まず重要なのはデータプラットフォームを作ることです。データレイクとかデータウェアハウス(DWH)といわれます。このプラットフォームを作り、そこに全部のデータを流し込むわけです。
次に、そこからデープラーニングなどのAI技術を活用し、データサイエンスプロダクトにする。これが我々の2つ目の部門です。プラットフォームとは全く別の仕事です。そしてその先に、それをインサイトに変える。データプロダクトだけを作っても、データが中でぐるぐる回っているだけで、インテリジェンスまでに進化していたとしても何物も産み出さない。そこで、それをインサイトに変えるアナリティクスの力が必要になります。
データプラットフォームとデータプロダクト、そしてデータアナリティクスは全く異なる3つの分野です。この3つがデータのサプライチェーンとして成立することが重要です。その一つ一つの力を蓄えていかないとデータ活用はできないと思います。
――楽天グループでは「CDO(Chief Data Officer)」に北川拓也氏を抜擢し、こうしたデータ活用を戦略的に進めている。CDOを置く企業は日本ではまだ少ないが、楽天はその一つだ。
しかし、必ずしもデータ部門だけの話ではなく、これからもっと重要になるのはデータの民主化だと平井氏は捉えている。つまり、ビジネスや事業側がいかにデータを活用していくかだ。楽天では新卒採用で入社した社員を対象に、配属先を問わず、約2カ月間のプログラミング研修を組んでいるという。最終的にプログラミングができるようになることが目的ではなく、あくまでデータというものに普通に接し、活用することができるような基礎を作るということだ。
平井 最近よくデータの民主化といわれますが、それを進めていくことで、事業部門も技術部門もみんなで同じ言葉で話すことができるようになります。それが必要なんです。別にExcelのマクロが書けるという話ではなく、データからどれだけの知見を引き出すことができるか、ということ。何よりも今まで見えなかったもの、これまで分からなかったものが発見できるようになる。それが本来のデータの力なのではないかと思います。それができるようになれば、経営判断もスピーディになると思いますね。
要は、データを扱うのは技術部門でしょ、みたいな形ではなくて、営業部門であろうと経理部門であろうと、総務であろうと人事であろうと、データに対して真正面から向き合える組織が作れたら、ものすごく強くなると思います。
――究極的には「データアーティスト」を作りたいという平井氏。データサイエンティストという統計学の世界から一歩踏み出してビジネスとテクノロジーの視点を持ち合わせ、新しい世界を表現するアートの世界にしたい。データアーティストを色々な部門に配置し、広げていくことによって、真のデータの民主化ができるのではないか、という平井氏の言葉から、楽天グループはもちろん、社会全体のデータ活用の展望に期待が高まる。
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