ITのインフラ整備の前に企業文化の改革を
――データ経営への改革のために、まず土屋氏が行ったのが、企業文化の改革だった。最終的にはテータ活用を進めるためのインフラを作ることになるのだが、そのためにまずデータを活用する文化を社内で醸成することが必要だった。
土屋 私が入社して一番先にやったのが、データ活用研修です。当時はあまりにもデータに対する理解が低かったので。入社1年生、2年生と並んで、社長も研修を受けました。研修は、具体的にはExcelを使った表計算から行いました。当時はExcelを使ったことがない人が多かったんですが、やっていくうちにレベルが上がっていって、今では社員全員が関数を扱えるくらいまでになりましたし、上級者はマクロを組んだりとか、ピボットテーブルとかも使いこなしています。
――ここでデータベースではなく、Excelからというのも現実解と言えるだろう。「データベースの定型分析で売り上げ前年比だ、セグメントだと、そんなことばかりやっていては駄目」と土屋氏は言うが、データを駆使してみんなが自分の頭で考えることが必要なのだ。
そこに気付いたのは、ひたすら社員と向き合った2年間があったからだ。
土屋氏が入社した当時、創業者である叔父は「何もしてくれるな」と言ったという。というのは、総合商社で次々と、全く知らない新しいところから仕事を生み出し、ジャングルでも生き延びられる"ジャングルファイター"と呼ばれていた土屋氏が、いろいろなことをやり過ぎることを恐れていたのだ。
そう言われた土屋氏は、とことん社員に向き合うことになる。例えば、もともとなかったデータを取るため、BIツールを入れ、POSデータ、物流データ、会計データなどを集めてデータベースを構築した際、それがどう使われているかを調べたという。
そのデータベースを一番使った10人と一番使っていない10人のスーパーバイザーに同行して、その社員が何を考えているのか、データを使って加盟店の店長を説得できているのか、と実証的な調査を行った。
両者の違いは明らかで、使わない人というのはデータを使わなくても仕事ができる、つまり、その時点で既に優秀なスーパーバイザー。使っている人はコミュニケーション能力がそんなに高くなくて、だから数字で説得すると。しかし、ここでの気付きは、データを使わずに加盟店と話ができる人はもちろん優秀だが、そういうコミュニケーション能力に長けた人材を教育できるかという問題だった。
土屋 コミュニケーション型の人というのは、店長とうまく貸し借りを作って懐に入っていく。人間力があるんです。でも、それは非常に属人的なもので、組織として、スタイルとして100年続くかというと難しい。ちょっと昭和的というか、世の中が変わってしまったら人間力のある人を採用し続けることは難しい。だから、誰でも座学でデータ活用を学ぶことで店長を説得できるスキルを身に付けられるようにしました。
それまでコミュニケーション能力が低くて加盟店から担当を変えてくれといわれていた本部社員が、データ活用法を勉強するうちに、彼は利益につながる提案を持ってくるから担当を変えないでくれといわれるようになる。もう評価が180度、変わりましたね。そこから、時間をかけて切り替えていきました。
短期的な利益よりも100年続く経営が重要
――会社にとって何が価値になるか。土屋氏は総合商社時代、新規事業を起こしては短期間で100億円の売り上げ、10億円の利益を上げていた。しかし、これでは商社では事業体にならない。1桁違うのだ。ワークマンにとっても100億円の売り上げ、10億円の利益ではやはり1桁違うし、「そのために反射神経的な仕事はやってはいけない。100年続かなきゃ意味がないんだ」と土屋氏は言う。
ワークマンの場合、短期的な利益よりも100年続く経営を目指す上で必要なのは、一人の天才が引っ張る組織ではなく、社員全員がデータを活用し、データを元に思考し、アイデアを提案できる組織だったということだ。
そうして、評価の軸をデータ活用に置き、約7年かけて、データ型の人材活用へと切り替えていった。
土屋 ちょうど7年かけて、データ活用力がある人が組織の上にいくようにしました。それまではコミュニケーション型、加盟店の店長と仲良くできるなど調和型の人が上に行っていたんですが、評価の軸を変えたんです。あとは改革マインドのある人。ただ、改革をやたらやりたがるのではなく、改革マインドがあり、それをデータで検証できる人が組織の上にいくようにしました。
また、データ活用のために、例えばExcelのマクロでツールを作れというのではなく、Excelというツールが活用できればいい。BIツールも定型分析がちゃんとできればいいというのを目標にして、私が拒否権を持って、それを満たさない人は部長にしないとしました。
ただ、降格人事はゼロでやりました。時間をかけて定年や役職定年までじっと待ちました。ちょうど昨年くらいかな、需要予測のアルゴリズムにも強いデータ型の人が営業部長になって完成しました。
――ワークマンの場合、来期の予算を決める際にも、営業部長、商品開発部長、ロジスティクス部長などがこれくらいは自然にできそうだという予測値を出して、部長同士でそれを調整して、来年は10%成長、5%成長だと無理のない計画にする。上が数字を決めて経営企画が計画に落とし込むのではなくて、データの分析能力がある人が知恵を絞って予測するという形になっている。
ワークマンではデータ活用、つまりデータをコミュニケーションのツールとして社員みんなが使うことで、社内の知恵を集め、トップダウンの企業体質を変えていったのだ。
こうしてデータ活用のマインドを企業文化としてセットしながら根付かせてきたワークマンだが、ITの導入も、もちろん進めている。例えば、自動発注アルゴリズムのAI化だ。
前述のように、店舗の品揃えは顧客満足度に直結する要素で、自動発注アルゴリズムの組み立ては非常に重要な仕事になる。そこにAIが使えるのか、ここ3年ほど半数の実店舗に導入しABテストで検証を積み重ねている。
もちろん、開発自体は専門の企業に発注して進めているが、AIに実装されたアルゴリズムが正しいかどうかを検証するExcelツールを社員が自作したり、全社員で底上げをしているのはワークマンらしい取り組みだ。
先に改革、DXの「X」を真剣にやることが重要
――DXがうまくいく秘訣は何か、土屋氏に聞いた。
まず、DXの「X」なのだと土屋氏は言う。改革ありき。ワークマンでは「何を改革するのか」「どうやって進めるのか」、相当の時間をかけてそこを議論したそうだ。
往々にして、企業はDXをやるとなると先にインフラを作ってしまう。でも、それは駄目。まず、何をどう改革するかというのを議論して、改革の途中で本当に必要なシステムだけを入れる。ただし、このとき必要なものは必ず入れることが重要だという。
土屋 DXを1年、2年でやろうなんてあり得ない話なんです。情報システムを後から入れると、だいたい2年くらい遅れます。先にインフラを整備すれば3年でできる。でも、先に改革をやって2年経って、インフラ整備に取り掛かるとまた2年かかる。すると4年です。でも、どちらが成果があるかというと、先に改革、「X」を真剣にやる方なんです。
システムの開発も同じです。小さめに作っておいて、改修、改修でやっていく。するとテスト工程がだぶるのでコストは高くなる。しかし、いきなり大きなシステムを作っても、余計な機能、使わない機能ばかり入っているシステムなら、だいたい100のうち10くらいしか使わないですよね。小さく始めて10から30へ改修していく。結局、その方が安いんです。現場が改修してくれという機能は100%使いますからね。
――今の時代、「時間をかける」という判断は誰にでもできることではないのかもしれない。しかし、本質的なDXは本当に重要な工程の一つだ。社会にとっても、企業にとっても。もちろん、働く人にとっても。
重要だからこそ、バズワードとして短期の流行ととらえるのではなく、時間をかけて本気で取り組むべきものだと土屋氏は言う。
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